はじめに

 我々は誰かと出会い、その出会いから何かを得て新しい世界が拓けていくことが間々あります。その相手は、恩師であったり友人であったり恋人であったりと様々ですが、誰しもがこの人に出会って人生が良くも悪くも変わったなという相手がいらっしゃるのではないでしょうか。それは、時に人生の転機となることもありますし、その関係が側から見ると破壊的でとても痛々しいものであったとしても、当人にとってはその出会いは新しい世界への出発なのだと思います。

人との距離が縮まること

 おそらく、それほど人生に影響を与える相手というのはとても深く気持ちが通じあった相手だと思います。時にそれが一方通行的なものであることもありますが、当人の中ではその出会いはとても大きなものでしょう。
 さて、このように深く気持ちが通じ合った感じる関係では、前提に自分が深い部分まで相手に自己開示していることがあるはずです。開示の過程で生じるものは「分かってもらえた」という安堵かもしれませんし「なにくそ」という怒りや絶望かもしれませんが、いずれにせよ相手にとても強い気持ちが生じる前に、こちらが相手に自分の一部を見せたことが多いのではないでしょうか。

自分を見せる不安

 このように考えると、人との距離が縮まることに伴う感情は自分をさらけ出すことの不安と考えることができます。つまり、距離を縮めることの不安が人と関わりたくない気持ちとセットではないということです。そして、不安の背景は各々の方で事情が異なるようです。

変化への抵抗

 人との出会いは自分を変化させます。そして変化とは大きな衝撃を伴うものです。ホームズとレイが死別などの悲しい出来事だけでなく、結婚や昇進などの幸福な出来事でも相応のストレスがあることを提唱しました(1967)。半世紀前の論文であるにも関わらず、この指摘は社会的再適応評価尺度(SRRS)として今でも影響を与え続けています。このことが意図することは、生活上で起こることの変化はなんであろうとストレスを伴うものであり、この脅威に向き合う気力や器量がない場合は悲痛な結果につながる恐れがあるということを意味しています。この恐れとは今の自分が破壊されてしまう恐怖ですし、他者と出会うことによって自分が今までの自分ではなくなってしまう恐怖です。そのように見ると、自分を守るために他者との距離が近づき過ぎないように保つことが必要な気持ちは理解できるはずです。

外傷体験によるもの

 犯罪被害に巻き込まれたり、大切な人に酷く傷付けられた経験がある方は当然、他者と関係を結ぶ事に慎重になります。これは、近づく事でまた傷付けられるのではないかという恐怖です。この恐怖は非常に大きなもので、ときに攻撃的に他者に反応してしまうこともあります。これは生物として本能的に備わった威嚇反応なのでしょう。

ナルシシズムの問題

 ナルシシズムと言うとあまり良い印象を持たれませんが、これは自分が傷つかないための防御の方法として大切な機能です。フロイトは『ナルシシズム入門(1914)』の中で他者との関わりの中でリビドーが枯渇し疲弊したのちに生じる「二次的ナルシシズム」という状態を提唱していました。これは、生きるためにこれ以上リビドーが漏れ出ないようにする防衛本能と考えることができます。上記の状態はどちらも自分が壊れないように他者との交流を避けざるを得ないという切迫した状況があります。

近づけないことによる影響

 人との出会いを拒めば現実的にも心理的にも今の状況が維持される事になります。それは安心感に繋がるものでもありますが、長期的には孤立や喪失に繋がるものです。そのため、慢性的な気分障害や引きこもり状態などを生じることもありますし、「自分とは?」という同一性の維持の課題にも繋がるでしょう。ここに、自分が変化を恐れても社会は有無を言わさずに変化をし続けるという、人生の過酷さや救いのなさを感じます。
 また、人との距離が近づくことが不安ならば、回避的に振る舞うはずと思われるかもしれませんが、必ずしもそうとは限りません。心理的には距離を取っていても、物理的には密着した状態にある関係は想像に難しくないのではないでしょうか。傷つかないために相手に献身的に尽くすこともありますし、DVや虐待などの環境下では心理的な距離が近づくというよりはゼロになる搾取/被搾取の関係が生まれることもあります。

おわりに

 他者と心理的な距離が近づくことは、大きな衝撃となりますし、その衝撃に耐えられる心の基盤が必要となります。しかし、他者と関わらずに現代社会で生きていくことは困難です。もし、この矛盾の間で動けなくなっているようでしたら、他者との間で自分が苦しくない距離を探していくことが必要になります。それは一人で出来る作業ではありません。当初はカウンセリングで話すことも苦しい体験となるでしょうが、どこかで一歩を踏み出す覚悟を決めていくことが必要になります。

参考

  1. S.Freud (著), 懸田 克躬 (翻訳)(1969). フロイト著作集 5 性欲論・症例研究. 人文書院, pp109-132.
  2. Holmes, T. H., and Rahe, R. H. “The Social Readjustment Rating Scale.” Journal of Psychosomatic Research, 1967, 11, 213–218.