はじめに

 人間関係は時に今までの関係を破壊し、大きく変化をすることがあります。この変化は良い変化もあれば悪い変化もありますが、その両面が含まれていることがほとんどでしょう。人間関係の変化に伴う苦しみからカウンセリングルームを訪れる方も少なくありません。

変化とはどのようなものか

 さて、関係性の変化というと分かりやすい出来事は結婚や死別でしょうか。慶事も弔事も人との関係が変化するという点では同じです。もっと身近なところでは力関係による変化があります。同僚が昇進して上司になったり、学生同士でいじめの加害者・被害者の関係となっていくことなどはこの変化でしょう。さらに当人たちにも予測ができない環境変化によって関係性が変わることもあります。転校や転勤、単身赴任などは大きな負担であり、結果、これまでの関係性を大きく揺さぶることに繋がります。

関係性の変化による影響

 関係の変化は時に深刻な被害を及ぼすことがあります。それはうつ病や適応障害のきっかけとなることもありますし、嗜癖や非行などの行動につながることもあります。このような心身への影響は現実生活上の不利益へとつながることは想像に難しくありません。これらの事情が人間関係に与える影響の大きさを認め、関係性そのものを扱い症状を緩和することを目指した治療に「対人関係療法」があります。一つの治療法が確立してしまうほどに、我々のメンタルヘルスは人間関係に大きく左右されているとも言えるでしょう。

幸せに伴う苦痛

 死別や被害体験が心身の不調をきたすことに疑問を感じる方はいらっしゃらないでしょう。しかし、結婚や昇進など本来であれば喜ばしいことに負担を感じるというのはどういうことなのでしょうか。一般的には「環境が変わったから」とか、「責任が重くなったから」という理由でこの事象は説明されることが多いですし、確かにそういう側面もあります。しかし、個人の内面に思いを巡らせると、単に環境や責任の問題だけではなく、個人的な要因が作用していることもあるのです。

 多くのおめでたい人間関係の変化では、関係する人間が増えることがほとんどです。結婚によって伴侶が出来る、昇進によって部下ができる、進学して新しい友人が出来る、などです。これらは今まである程度安定して過ごしていた自分の心の中に、誰か別の個人が住み始めることを受け入れる必要が生じたということです。言い換えれば安定した心を破壊する異物を自らの内に取り込むということに他なりません。

一人でいられる能力

 ウィニコット(D.W.Winnicott)は、他者と一緒にいながらも自分を保ち心地よく過ごせることを「一人でいられる能力」と表現しました。これは人に自分が侵されないために必要な力であり、幼少期に母親と一緒に過ごし、かつ適度に放っておいて貰えたことで獲得される情緒的な能力です。D.W.Winnicottの言うこの能力は、三者関係であるエディプス期の先にあるものであり、当然、エディプス以前の関係性の課題を抱えていれば、一人でいることは叶わないということになります。

 さて、おめでたい変化にも関わらず苦痛に感じるという現象はこの切り口から考えることが出来るように思います。すなわち誰かの庇護の下で安心して過ごせる時間を経験していること、自分の思いを貫くことに伴う不安(去勢不安)を乗り越えた経験があること、などが一人でいられる能力には必要です。これらの経験が他者を自らの中に置いても自分を見失わないように人を成長させるのです。おめでたい変化であっても、新しい関係性が出来上がり一時的とは言え自分が揺さぶられてしまいます。その状況下でも自分でいられるために、一人でいられる能力が安全弁の役割を担い、過度に侵されないように機能するわけです。この力が十分に成熟していないことで、より耐え難い苦痛を招いてしまうことがあるように思われます。

反復強迫の視点

 別の切り口からですが、私たちは多かれ少なかれ対人場面での振る舞い方や考え方にパターンがあります。このパターンは今までの人間関係の中で学習されてきたものですが、全ての学習が今現在の自分にとってプラスに機能しているわけではありません。一例を挙げれば、DVを受けた方がまた同様の傾向を持つ男性に惹かれてしまう現象があります。ここで起こることは、過去の関係が強く心に残り、その後の人生においても同様の反応の仕方から抜け出せなくなっているということです。この例であれば自分は辛い罰を受けなければいけないなどの反応が固着してしまっているわけです。自分にとって不幸な結末につながる関係であっても、そうあるべきという認識では、良い変化が起きても受け入れることが出来なくなります。この場合、今を受け入れることができず過去に囚われてしまうことが苦しさの背景にあるのでしょう。

「良い」を受け入れられない

 時に自尊心が大きく傷ついていたり、自分の価値を認められない時に、人は「良い」事象を受け入れることに違和感を感じて追い出したい気持ちになります。この気持ちによって「良い」を楽しめないどころか苦痛に繋がります。ここにはクラインの言う「羨望」が作用していると考えられます。つまり、生産的な未来へと進むことが出来ず、未来につながる「良い」場面を破壊して今に留まる気持ちが働いてしまうわけです。

関係性の変化をカウンセリングで扱うには

 理由は人それぞれで、お相手との関係性によりその可能性も多岐に渡ります。ただし、離別など、喪失が明らかな場合はご本人も苦痛の源泉を自覚できますが、上記のように「良い」場面で生じる苦痛は、その背景を自覚することが難しいでしょう。どうしても他者の関わりが必要になります。そして、カウンセリングでこの源泉を明らかにする場合は、精神分析の視点を取り入れて行うことが必須となると思われます。

参考

  • D.W.Winnicott, 牛島定信(訳)(1977). 情緒発達の精神分析理論―自我の芽ばえと母なるもの (現代精神分析双書第II期). 岩崎学術出版社.
  • S.Freud, 藤山直樹(監修)(2014). フロイト技法論集. 岩崎学術出版社.
  • 水島広子(2009). 臨床家のための対人関係療法入門ガイド. 創元社.