はじめに

 世の中には色々なサービス業がありますが、多くの業態では顧客の都合に合わせて柔軟に時間を調整してくれます。例えば不動産を探す時、例えば美容院に行く時、余程の無理がない限りこちらの要望に応じてくれます。しかし、カウンセリングはそのような気の利いたことはしてくれません。それはなぜかということが今回のテーマです。

時間の取り決め

 多くのカウンセリングルームが曜日と時間を固定してお約束をします。その時間に遅れても時間の延長はしてくれませんし、時間の変更にも応じてくれないか、応じてくれてもかなり限定的な提案であったりします。日程の柔軟さは各カウンセリングルームの考え方やカウンセラーの寄って立つ理論背景によって幾らか異なります。

 あとで詳しく述べますがカウンセリングの中で扱っている内容によっては時間を柔軟にすることで触れることが出来なくなってしまうこともありますので、必ずしもカウンセラーの頭が硬いだけが理由ではありません。

一回あたりのカウンセリング時間

 あちらこちらのカウンセリングルームのホームページを見ると、だいたい45~50分が多いようです。中にはインテーク面接の時間だけ1時間以上と長めに取っているところもありますが、これはあくまでも最初だけで、継続カウンセリングでは上記の時間の幅になるところがほとんどではないでしょうか。

 病院のカウンセリングでは30分以下と短いところもありますが、これは保険診療の範囲で行おうとしているためです。しかし、話が深まっていくためには時間が足りないので、保険外として行なう選択肢を用意している医療機関も珍しくはありません。このことは心を向き合うためにはある程度の時間を確保することが重要であることを物語っています。

時間を決める意味

 これについては創始者であるフロイトが50分という設定で行なっていたことが大きいようです。おそらくフロイトの思い付きから始まり、その後、現実的な事情を加味してこの時間設定になったのだと思われます。そして、その後に続く分析家はフロイトの設定に倣いました。余談ですが、精神分析では時間の約束は非常に厳しいものであり、日によって面接時間を変化させていたフランスのラカンはIPA(International Psychanalytical Association:国際精神分析協会)より事実上の破門を受けています。最初はフロイトの都合で決まったものが、科学としての検証を可能にするための物差しとなった訳です。

 心理学では同じ条件の下で生じる差異を個人差として捉える文化があります。これは実験心理学の影響かと思いますが、多くの分析家が同じ条件(時間設定)の下で分析を行うことで精神分析の効果を検証することが可能になりました。精神分析以外の理論でも、おそらく、ある程度の時間の目安があるはずです。規定の時間を守ることで心に生じていることをより正確に見定めることができるという前提は、心理療法に共通する原則だと思います。

心を知るために最低限必要な時間とは

 若干のご批判も受けそうですが、おそらく症状を緩和することや現実的な対応方法を考えることを目的としたカウンセリングや相談であれば、時間をより柔軟に設定できるはずです。むしろ、柔軟に行う体制にしないと現実的な問題に対応できないことすらあるででしょう。事実、先の病院の30分カウンセリングで改善していく方もいらっしゃいますし、金銭的な事情や利用している施設の都合から隔週のカウンセリングの中で改善を目指すこともあります。

 しかし、心の奥底を眺めて自分を知ることを目的とするのであれば、どうしても30分では足りず、45~50分の時間を確保することが必要になるはずです。そして、ここが大切ですが、当初の目的が症状の緩和であっても、解決には心の奥底を見ることが必要になる場面も出てきます。時間を一律に設定することは心と安全に向き合うことを可能にする方法であり、また、十分に時間を確保することは自分の心の深い部分に触れることを可能にします。柔軟に変化させてしまうことで、カウンセリングの効果が保証されなくなるという逆効果が生まれることを知っておくことは大切なことではないでしょうか。

 時間を短くすることや頻度を開けることによって削ぎ落とされる部分が何かをよく知っておくべきです。

曜日を固定する意味

 次に曜日についてです。「困った時や気持ちが落ち込んだ時にすぐに対応してくれた方が助かる」という意見はありそうです。これはその通りですが危険な考え方でもあります。なぜなら、困ったらすぐに利用できるというのは、「自分が辛い時にいつでも助けてもらえる。だから、カウンセラーにお任せしよう」という依存的な感情を作りやすくしてしまうからです。

 カウンセラーは将来的にはあなたが自分の悩みに圧倒されず一人で対処できるようになってほしいと思っています。カウンセラーがいないと成り立たない人生では、いつか別れが訪れたときに、再び苦しい状況に立たされてしまいます。

 そのためには、いつでも頼れる存在がいることが大切なのではなく、あなた自身が自分の悩みと対峙する時間(=望んでもカウンセリングを受けられない時間)を作ることが必要となるわけです。この理屈とカウンセラーの予約の取り方という現実的な事情の擦り合わせを行った結果、カウンセリングの曜日を固定して行うことが現代のスタンダードなスタイルとなっています。

リズムを作る機能

 もう一つ大事なこととして、時間と曜日を決めることで日常的な活動としてカウンセリングが組み込まれることのメリットは無視できません。悩みに苦しんでいる時や自分を見失いかけている時は安定した生活の基盤が揺さぶられている時でもあり、規則正しい生活を送れなくなっていることが少なくないものです。そんな中で、カウンセリングが同じリズムで設定されることは、生活基盤を安定させ、「自分」という感覚を取り戻しやすくします。刑務所や少年院があれほど規則正しい生活を送らせる理由もここにあるように思います。なので、できれば最初は毎週でカウンセリングを始めてみることをお勧めします。その方がリズムを作ることによる効果が期待できるからです。

結論として

以上の話をまとめると…

①一回あたりの時間を定めることでより深く心の奥に潜ることができる。目的が症状緩和であっても心の奥底を見つめることが必要な時もあるので、特にカウンセリングの初期は時間や曜日を一定に保てると良い。

②曜日を固定することでカウンセラーに会わない時間を作ることができ、この時間には自分をより自立的にする機能がある。

③定期的な約束にすることには生活リズムを整える機能もある。一定のリズムで日々を過ごすことで気持ちを安定させる効果が期待できる。相談当初は気持ちが揺れていることも多いためリズムを作るイメージを持って始められると良い。

 カウンセリングは融通が利かないと思われている方は少なくないと思いますが、日時を取り決めて厳守することが安全で治療的な方法をお約束するものであり、融通の効かなさに含まれている効果を最大限に活用することもカウンセリングの大切な切り口です…と言うことが少しでもお伝えが出来ていれば幸いです。

参考:カウンセリングが有料である必要性とは

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