はじめに

 2019年4月から上野の東京都美術館で「クリムト展 ウィーンと日本2019」が開催されました。7月からは愛知県豊田市でも開催されるようですね。心理学にもカウンセリングにも直接は関係ないですが、画家の生活というのはどこか開業する心理士と似ているところがあります。というのも画家はアトリエを構え利益を出しつつ後進を育てるという現実的な運営の面と、情緒的に開かれた姿勢を意識し非現実的な視点を持つ姿勢を維持しなければいけない二律背反の世界にいるからです。また、カウンセリングを受けている方にとっても、そのような画家の生き方を知ることは、情緒的な事柄に目を向けつつ現実世界を生きるというカウンセリングの命題に通ずるところがあるように感じます。

 なお、絵画については素人ですので技術的なことや歴史的意味などは分かりませんのでご容赦ください。

クリムトの人生

 グスタフ・クリムト(Gustav Klimt, 1862~1918)。ウィーンの画家で、自身の弟と工芸学校の友人と3人で僅か17歳で作品の請負を始め、卒業後に芸術家商会を設立します。1897年には保守的なウィーン芸術の在り方に不満を感じる若手を中心にウィーン分離派が結成されます。これを取りまとめたのがクリムトであったようです。とても行動的な面を感じますね。一方、1894年からウィーン大学の大講堂で「医学」「法学」「哲学」をテーマにした天井画の製作を依頼されますが、大学側の意図と異なる視点で作品を作成し大論争に発展し、1901年に契約破棄となり、クリムトが契約を返却することになります。アトリエでは常に何人ものモデルとなる女性が寝泊りをしており、クリムト自身は生涯独身ですが、何人ものお子さんがいたようです。さて、このような彼の人生を概観すると、自分の信念を貫く意思の強さを感じる反面、社会との間でバランスをとることの難しさを感じます。

クリムトの作風

 クリムトは人物画を多く書きました。特に女性の絵が多いです。当時ウィーンでは日本絵画がブームとなり(ジャポニズム)、クリムトの研究と製作にも大きな影響を与えたようです。素人目でクリムトの絵を見ていると、本当に様々な画風がありました。写実的な絵から印象派のような描写、非常に淡いタッチからコントラストが強く迫ってくるような力強さを感じる絵です。これだけ、色々な方向性で書かれた絵というのは彼の探究心を感じる反面、悩みや戸惑いの多い人生を連想してしまうところでもあります。また、どの絵も繊細で美しい絵なのですが、どこかに哀愁というか破壊的というかそんな側面を感じました。本展のチケットにもなっている「ユディト」は金箔が使われておりとても華やかです。その他の女性の肖像画も華やかな色遣いで表現された絵が少なくありません。ですが、絵から受ける雰囲気はどうも切なさや恐怖のような感情を掻き立てられ、アンビバレンスな想いが内包されているように受け止められるのです。先の大学の天井画もそうでしたが、クリムトは「good」に安心を見つけることが出来ず、物事を批判的に眺める傾向が強かったのかもしれません。

 また弟の死や息子の死などから「生命の円環」というテーマを見出したように、死の影に怯える気持ちに圧倒されていたようにも感じられます。そう考えると彼が生涯独身を通したことにも彼なりの葛藤があるようにも思います。クリムトが何を思ったのかは分かりません。というのもクリムトは自分の心情を全然語らなかった人物だったようです。自覚はあり「口下手なので私を知りたければ絵を見てくれ」と言っていたようです。

まとめ

 クリムトの絵を見ていると、様々な対立する感情が湧いてきます。これはクリムト自身のまとまらなさでもあるようにも感じます。冒頭で意思のある人物と記載しましたが、彼の経歴と作風のこのギャップは非常に興味深いものです。ただし彼の風景画は非常に安心できる作風でした。この人はなぜこんなにも肖像画を描いたのか、不思議な気もします。