はじめに

 上野の森美術館で2020年1月13日まで「ゴッホ展」を開催しております。先日、ワクワクした気持ちを抱えて鑑賞に行きました。ゴッホというと「ひまわり」が有名ですが、今回はひまわりの展示はなく、「糸杉」と名付けられた作品が目玉となります。

ゴッホの生涯

 フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent van Gogh)は日本人にはとても馴染みのある画家です。しかし、ゴッホの作品のほぼ全てが僅か10年の間に描かれたものだということはあまり知られていないのではないでしょうか。私も今回知りました。画家というと小さい時から絵に興味を持ち技術を高めていく人が多いように感じますが、彼が画家として活動を始めるのは20代後半です。ゴッホは幼少期から癇癪持ちで周囲との良好な関係を維持する事が苦手であったようです。10代半ばから伯父の助力により画商として生計を立てますが、品行不良や周囲との不仲などにより6年ほどで離職します。その後、聖職者になる、聖書伝道師になるなどの目的を持ちますが、いずれもうまくいかず、弟テオの援助を受けながら20代半ばより絵を描き始めることになります(1880年)。この後1990年に拳銃自殺を遂げるまでが彼の画家としての生涯となります。画商の経験により目が肥えていたとはいえ、素人が10年でこれほどの偉人となれたのはなぜだったのでしょうか。

ゴッホの作品

 本展示では、ゴッホの作品を初期から順番に目を通していくことになります。そこで、強烈に感じる印象を一言で表すと「一貫性のなさ」でした。どの画家もある程度の変化はあれど、軸となる部分がそこまで大きく変化することは少ないと思います。しかし、ゴッホの絵は数年の間にガラリと変わり、同じ人物が描いているとは思えないような印象を受けました。初期はオランダのハーグ派の影響を受けますが、このハーグ派は灰色派と言われるほどに全体的に暗いイメージで哀愁を漂わせる作品が多く、ゴッホの作品も例外ではありません。しかし、パリに渡り印象派に感銘を受けた後は色彩が途端に明るくなります。そして南仏アルルでは豪快な筆遣いかつ明るい色彩で自然を描くようになり印象派の繊細な雰囲気とはまた別の世界観に到達します。この辺りからゴッホの作品と言われてイメージされる雰囲気が現れてきます。しかし、精神病院に入院してからは、色使いは鮮やかですが、どこか恐怖心を煽るような作風となっていきます。そう、ゴッホの作品は明るい色調なのに、なぜか緊張感というか不安感を煽る効果があり落ち着いて対面できないという特徴があるように思います。本展示の看板作品である「糸杉」もコントラストの強さにより輪郭は明瞭ですが、囲まれた中には形の定まらないおどろおどろしいものが渦を巻いているように描写されており、なんとも不気味な様子を見せているのです。これは箱庭療法や風景構成法の「安全な枠」と同様の役割を輪郭線が担っていると考えます。

ゴッホの人物像

 さて、彼の作品の移り変わりと関連して気になる事は、ゴッホが過度に特定の対象や人物に没頭し、その世界観に自らの全てが取り込まれてしまう傾向です。それは、まるで今まであったものが無かったように上書きされるような印象を受けるものです。

 彼の職業の変遷でも述べましたが、一度興味を持つと現実検討が十分になされないままに一直線に突き進みます。作品についても、特に印象派への傾倒がそうでしたが、それまでの全てがガラリと変わるのです。新しいことを柔軟に吸収すると言えば聞こえはいいですが、実は彼自身が非常に空虚であり常に寄る辺を探していたようにも受け取れます。過度な自信家のような発言も残っていますが、これは自信を示さないと保てないほどに自我が脆弱である様子が見て取れます。

人間関係からの考察

 ゴッホの生涯には孤独が付いて回ります。家族からも疎まれ、友人や他の画家たちとも良い関係を続ける事ができませんでした。しかし、彼は常に人を求めます。それは恋愛であったり弟テオとの文通によるやりとりであったりです。南仏のアルルの地で複数の画家による共同生活を理想として意気揚々と開始をしたのも、同じ想いで自分と共に過ごしてくれる人を求めての行動だったように思います(なお、この時は弟テオと事実上の喧嘩別れをしたあとです)。しかし、訪れたのは経済的事情によりやむを得なかったであろうゴーギャン唯一人であり、そのゴーギャンですら2ヶ月程でゴッホと過ごすことに限界を迎えます。ここで彼の誰かと同じ想いで共に過ごすという夢は崩れ落ちたはずです。その後(おそらく)ゴーギャンとの関係の悪化をきっかけとして、自身の耳を切り落とし娼婦に渡すという行動を起こします。以降、彼の生活は精神病院などで療養をしながらの製作が中心となります。ゴーギャンとの決別は「やはり自分は誰にも受け入れられない」という決定打となって、苦悩は限界を迎えて彼の内に留めておけなくなったように感じられます。

ゴッホの自殺はなぜか

 これははっきりと分かりません。しかし、上記のように耐え難い孤独と向き合い続け、最後には絶望につながったのは間違いないと思います。ゴッホの行動は「人に近づきたい。でも近づくと破壊してしまう」という構図を何度も繰り返します。幼少期から続く気難しさから、現代で言うところの発達障害などもあったのかもしれませんが、自身の核となるものをいつまでも持ち得なかったことや対人関係のトラブルの様相から、彼の気難しさに周囲が辟易として拒絶の態度を取り続けたことにより、愛着障害のような症状を招いたのではないかと予想します。晩年のゴッホが抱えていた病気については、てんかん説や統合失調症説など様々な説があるようですが、一番悲しいことは、生涯に渡ってゴッホを受け入れた人物が誰一人としていなかったことです。その孤独を紛らわす事が製作であり、孤独で辛い気持ちが漏れ出ないようにと彼の晩年の絵は輪郭という漏れでない為の「枠」を必要としたのではないでしょうか。

その他の作品について

 本展覧ではゴッホの作品以外の展示もあります。最後に少しご紹介したいと思います。一つはモネの「花咲く林檎の樹」。もう一つはルノワールの「ソレントの庭」です。この二つはぜひ実物を見て頂きたい。印象派の絵は写真では分からない迫力と存在感があります。特にモネの作品はそのスケールの大きさに圧倒されました。開催期間中にもう一度この二つの作品を見にいきたいと思った程です。

 また、モネの「ロクブリュヌから見たモンテカルロ、エスキス」という作品に描かれている桃色が、死の淵で見る桃色と同じだったという指摘があったそうです。我々の足を止める絵画はどこか我々の原風景や無意識の世界を描写し、懐かしさや苦しさを呼び起こすものなのかもしれません。