はじめに

 自分の気持ちや考えをどのように伝えるかは我々人間にとっては生涯の悩みと言っても過言ではありません。小学校の授業から自分の意見を伝えるための指導は既に始まっており、社会人になっても話し方の自己啓発書が書店にズラッと並んでいます。そのためか年齢問わずに「伝えること」の悩みでカウンセリングに訪れる方がいらっしゃいます。

伝えることの難しさ

 では何がそんなに頭を悩ませるのでしょうか。一つは私たちのやりとりが言葉を用いるということでしょう。感覚や本能を言葉に置き換える過程で各々の変換の仕方が違うためにズレが生じます。二つ目に動物と異なり多様な生き方が容認されていることで、相手の立場を自分とは切り離して理解する力が必要となることです。他者という知覚を持つことは実はとんでもなく高度なことなのです。

伝えたあとの不全感

 個人に目を移してみると、話をした後に言い足りないとか、本当に言いたいこととは少し違った、上手く言えなかったという後味の悪さを体験することは誰しもがあると思います。伝わるかどうか以前に、自分の中でも言葉への変換が納得のいく形で出来ていないことが往々にしてあるわけです。カウンセリングを受け始めると、自分の感覚に合致した言葉で表現することが求められます。そして、このことの難しさを嫌というほど体験します。言葉で自身の感覚を表現するためには相当の時間と心の探索が必要になるのです。

相手を思いやる気持ち

 さて、そうすると「相手に伝わること」と「自分が気持ちよく言葉にできること」の両立ができると満足を得ることが出来るはずです。さらにもう一つ、我々は人間関係の中で生きているため、相手との関係を大切にすること、「相手を思いやる気持ち」も欠かせません。以上の3つが損なわれていないことが、コミュニケーションの理想であると言えるのではないでしょうか。

アサーション

 我々は日常的に他者とやりとりをしていますが、やりとりの仕方はそれぞれの個性が反映されたものです。また、個々人である程度パターン化されています。これは、自分の意見を相手に伝える場面で個性として現れます。良いパターンもあればトラブルに繋がりやすいパターンもあります。自分も相手も気持ちよくやり取りができ、かつお互いの想いをしっかりと伝えられる能力のことを「アサーション」と言います。先程の3つの要件を備えたパターンがアサーションを身に付けた上で可能となるアサーティブな態度です。しかし、要件が一つでも欠けると、どちらかに嫌な気持ちが残ります。そのようなコミュニケーションのパターンを分類したものが「アサーションタイプ」です。順番に見ていきましょう。

アサーティブ(アサーション)

 先の3つの要件を備えたタイプです。自分の想いを適切に伝えられるし、相手も言われて納得ができるコミュニケーションです。要望や苦情なども必要であれば言葉にします。しかし、そのことで人間関係が壊れないように伝えられることが重要です。会話が生産的に機能しています。

ノン・アサーティブ(非主張型)

 これは先の要件のうち「相手に伝わること」と「自分が気持ちよく言葉にできること」が欠けています。つまり、自分の気持ちを伝えないことで関係を維持している訳です。あまりに過度になると、相手に気を遣わせたりイライラさせることもあるので、長期的には相手のことも思いやれていないと言えます。

アグレッシブ(攻撃型)

 「自分が気持ちよく言葉にできること」のみに焦点を絞っているコミュニケーションです。自分の主張を通すためには他者に対して攻撃的な言葉を浴びせたり、マウントを取ることに躍起になったりします。当然、相手は気分を害しますし、良い関係を続けることは難しくなるでしょう。

自覚の必要性

 さて、以上のようにタイプ分けしてみると、自分がどのようなコミュニケーションを取りがちかが幾らか見えてくるのではないでしょうか。また、相手によってタイプが変わるということも当然あるでしょう。大切なのは、今自分がどのコミュニケーションタイプで会話をしているのかを自覚できるようになることです。これには会話の中で客観的に自分を見つめる目を鍛えることが必要になります。この意識を持つことで多くの場合はアサーティブな態度が自然と取れるようになるはずです。

自己理解の必要性

 しかし、自覚が出来てもどうしてもアサーティブな態度が取れないことがあります。この場合は相手に対して特別な感情が渦巻いているか、自分の中の何かしらの感情が邪魔をしていることが考えられます。その場合は、自分のコミュニケーションタイプを自覚するだけでは改善が難しいでしょうから、カウンセリングの利用を検討した方がよいと思われます。一例を挙げると、昔、自分に辛くあたっていた母を思い出してしまい、職場の上司に話しかけられると萎縮してノン・アサーティブな態度をとってしまう、などです。

アサーションの有用性

 さて、アサーションはビジネスの現場では特に重宝される考え方です。適切に要点を伝えてお互いに気持ちよい関係が維持できることは、社内でも取引先との関係でも求められますし、理想的なビジネススタイルとも言えるでしょう。また、家族内でも親子、兄弟、夫婦関係を円滑に進めるためには必要なことを相手に伝えて、かつ関係が壊れないことは大切です。

アサーションの課題

 難点を挙げるとアサーションは基本的には言葉を土台としたものであることです。先のように自分の感覚を言葉に落とし込めないとなかなかに難しいところがあります。態度で示すことも場合によっては可能でしょうが、この時も自分の感覚や気持ちをある程度自覚している必要がありますので、感覚水準から言語水準へと変換する力が多少なりとも必要となります。人によってはこの点が難しいこともあるでしょう。

 また、相手への依存や甘えを排除しており「個」の意識を強く求められることにも留意する必要があります。このような人間らしい態度は自分中心でありながら相手との関係を深めるものでもあるため、アサーションの視点からだと十分に説明できない態度であるように思います。

おわりに

 アサーションは理想的なコミュニケーションの形ではありますが、この前提には自分の気持ちに開けているという高度な自己理解が必要です。言い換えれば自我が確立されているということです。理想的ではありますが生涯にわたっての努力目標なのかもしれません。

 現実的な折り合いは、アサーティブな態度を取ろうと意識したときに、自分の行動を変化させられるかどうかだと思います。生きていく中でアサーティブな態度が必要な場面は必ずありますので、必要な時に切り替えられれば十分ではないでしょうか。もし、それが難しいようであれば社会生活に支障をきたしますので、自分を見つめる時間が必要になるかもしれません。

参考

  • 平木典子(2009). 改訂版アサーション・トレーニング ―さわやかな〈自己表現〉のために, 金子書房.
  • 平木典子(2000). 自己カウンセリングとアサーションのすすめ, 金子書房.
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