パーソナリティ障害とは

 最近はインターネット記事などで名前を見かける方も多いのではないでしょうか。カウンセリングを進めていく中で「私は○○パーソナリティ障害かなと思ったんです」と口にする方も珍しくありません。

 パーソナリティ障害とはその方が所属する文化の中で、一般的に当然とされる考え方や行動様式を持つことが難しく、そのことでご本人が非常に苦痛を感じていたり日常生活に支障が出ている際に付けられる医学診断です。

 DSMでは①物事や出来事の捉え方である「認知」②「感情」の強さや安定性③人との繋がりなどを作ることや維持する「対人関係機能」④想いが高ぶった時の「衝動の制御」の4つの領域のうち2つで著しい偏りがある時に診断されるとあります。また、一過性のものではなく、長期にわたり辛い気持ちや上手くいかない状況が続いていることが必要です。

境界性パーソナリティ

 さて、パーソナリティ障害という名称はDSM-Ⅳ-TRから表記されるようになりました。それ以前は人格障害と表記されています。元々の人格障害という言葉が人格否定の意味を含んでいるように受け取られてしまうことから名称変更がされたようです。しかし、このパーソナリティ障害という概念は歴史的に見るとまだまだ浅い概念でもあります。パーソナリティ障害にも様々なタイプがありますが、代表的なものは「境界性パーソナリティ障害(以下、BPD)」です。パーソナリティ障害と言われると、まずイメージされるのはこのBPDであることが多いでしょう。以下で、この境界とは何かを見ていきたいと思います。

境界の定義について

 精神医学を一気に推し進めたのはフロイトです。彼の時代は患者の症状の重さによって、神経症水準と精神病水準とに分けられていました。しかし、フロイトの症例を読むと分かりますが、現代の神経症水準と言われる段階には当てはまらない症状を持つ方も多くいらっしゃいます。有名な「狼男」の症例では、フロイトは彼を強迫神経症によるものと考えていたようですが、ここで言う強迫神経症は現代のものとは明らかに異なる様相を示しています。つまり、当時と現在とでは、言葉の定義が大きく異なるのです(余談ですが、このことが古典を読むことを難解にしているように思います。)。次第に、この神経症の定義があまりにも広すぎることで患者の状態を正確に把握することが難しいという問題が生じてきました。そこで、神経症と精神病の間にある状態(=境界)を一つのまとまりとすることが考えられていきます。当初の境界という言葉は「治療が進むと精神病になる神経症」という定義で、1930年頃に提唱されました。この時点ではあくまでも過渡期を表す言葉です。しかし、境界水準のまま過ごされている方がいらっしゃるのは、現代の私たちの経験則からは明らかです。つまり、境界は過渡期ではなく、境界という水準そのものが独立して存在することが起こっているということになります。おそらく、このことは自明の理であったのでしょうが、理論としてまとまるまでには随分と時間がかかりました。おそらく、整理したのは1960年頃のカーンバーグかと思われます。彼は、境界の特徴を整理し、「境界パーソナリティ構造」という言葉を用いて、境界独特の防衛や心的機能をまとめました。ここが、パーソナリティ障害が定義された始まりであると思われます。

対人場面で生じるもの

 もっとも特徴的に生じる現象は対人場面でのやりとりに現れます。パーソナリティ障害の方は安定した関係を結ぶことが著しく困難であることが少なくありません。先のBPDでは相手への期待と攻撃の間を行き来しますし、「自己愛性パーソナリティ障害」では相手に共感を示せないということが時にトラブルとなります。また、「回避性パーソナリティ障害」では他人の評価が気になり必要なことも避け、このことが対人関係を希薄にしてしまいます。背景にあるものは自分の気持ちを自分のものとして感じにくい傾向や、相手の悪い面を見つけるとどうしても耐えられなくなってしまう傾向などからであり、このことによって生じる現実的な状況に対して、過度に従順になる、支配的・攻撃的に振る舞う、近づかない、など各々の対処の仕方で対応しているように思います。

 しかし、背景にある気持ちは誰かと楽しく穏やかに過ごしたいという当然の想いです。それが出来ないことが彼らの苦痛であると思います。

 一般的に人間関係は対等な関係であるはずです。社会的に規定された上下関係はありますが、このことは人としての優劣を規定するものではなく、多くはコミュニティ維持のためのものでしょう。時に上司に度を越したリスペクトを向けたり、分かってくれない友人に怒りを感じたりすることはありますが、多くは一過性のものであるはずです。パーソナリティ障害の方はこの対等な関係を作ることが非常に苦手で、このことが苦痛の源泉となっていると言っても過言ではないでしょう。DVを行う男性の中には診断がつく方も少なくありません。彼らもどこかに相手と仲良くしたいという気持ちがあるはずですが、その手段として自分が上に立って支配することが選択されます。恋人に非常に尽くす方がいらっしゃいます。この方も自分を下にすることで恋人との関係を作ろうとしています。

パーソナリティ障害の方の苦痛

 ここまで読んで頂けると、彼らが抱える辛さや寂しさに想像が巡っている方も多いのではないでしょうか。彼らの苦痛の最たる物は分かってもらえないこと、孤独で寄る辺のないことです。人間は誰かの近くにいたいという思いが本能的にあるはずです。しかし、その欲求が満たされることが、長きに渡って達成されないのは想像を絶する苦しみだと思います。それどころか、現実生活では問題を起こす人として認識されてしまうことも少なくないので、彼らの仲良くなりたい気持ちとは正反対の方向へと事が進んでいってしまうことを度々経験します。こうなると、人を信じるとか穏やかに人生を過ごすとか、一歩ずつ人生を踏みしめていくという事が非常に困難になってしまうのは明らかでしょう。

カウセリングで扱われるもの

 最初に「認知」「感情」「対人関係」「衝動性」の4項目についての偏りを引用しました。感覚的な発言ですが、カウンセリングで用いる心理療法によって、どの部分に優先的にアプローチするかが異なるようにも思います。しかし、現在行われている多くのカウンセリングの現場で、まず、カウンセラーとの「対人関係」を土台として作った上で、「認知」「感情」「衝動性」を扱っているのではないかと思います。ここでは、最初のステップであるカウンセラーとの「対人関係」について主に話題とさせて頂きたいと思います。パーソナリティ障害の方がカウンセリングを受けるにあたって一番大切なことは、継続してカウンセリングに来ることです。当たり前のようでいてこれが一番難しいことでしょう。時間の経過とともにカウンセラーに対しての良い感情と悪い感情の間を揺れる体験をすることになります。以前であれば、悪い感情を感じた時は、その関係が終わりに近づいていた事が多かったはずです。この流れを繰り返さない事が最大の難関でしょう。この苦痛に持ち堪えると、今までに知り得なかった関係性を体験することになります。まずはカウンセラーとの間でこの関係性を作り体験する事が非常に重要なことです。その過程で生じる苦痛をカウンセリングの中で隠さず話題にしていく事が求められます。カウンセラーとの関係を安定したものとして作る事が出来れば、意図せずとも「認知」「感情」「衝動性」などの課題はその全貌が見えてきているはずですし、場合によっては改めて話題とする必要すらなくなっているかもしれません。

治療の目的

 では、このカウンセラーとの関係を作るとはなんなのでしょうか。これは対等な関係で向き合う姿勢を持つということに他なりません。対等な関係とは上下関係によらず、時に言いづらいことでも表明することができ、二人でより良い関係性へと進んでいく生産性のある関係です。カウンセラーとの関係は、現実世界で対等な関係を作るための練習にもなりますし、あなた自身の関係を作る力を成長させる時間にもなります。

 そして、この対等な関係を作っていく間に生じた様々な葛藤や怒り、不安などを、その都度カウンセリングの中で話題にあげて欲しいと思います。

診断的基準

 パーソナリティ障害を知る上で有用なものにDSMがあります。DSM-Ⅴでは以下のように分類がされています。

    • C群パーソナリティ障害 (回避性、依存性、強迫性)
    • B群パーソナリティ障害   (反社会性、境界性、演技性、自己愛性)
    • A群パーソナリティ障害 (妄想性、スキゾイド、統合失調型)

 実際には同じ方が複数の診断にまたがることもありますし、特定できないことも少なくありません。パーソナリティ障害には上記のような特徴があり、人によってどの部分が顕著かは異なります。ある一つの診断名にとらわれるよりも、類型の中で自分がどの傾向が強いか、どの傾向があまりないかなどの、自己理解に用いて頂く方が良いと思います。

余談

 メラニー・クラインは心の動きを妄想・分裂ポジションから抑うつポジションを行き来することだとしています。「ポジション」はその都度で変化するもので、パーソナリティ障害の方の多くは、妄想・分裂ポジションに心を置いていることが多いです。この姿勢では迫害不安や見捨てられ不安が心を支配し、当然、人間関係にも影響が及びます。一方、抑うつポジションとは不安をお腹に抱えて抑うつ的になる姿勢を言います。抑うつというと心配ですが、見方を変えると、自分の気持ちを鬱々としても見つめ続ける事ができる力があるということです。カウンセリングが続くと、不安や怒りではなく、抑うつという気持ちを感じる事が必要になります。このことによりカウンセリングを受けて調子が悪くなったと言われることもありますが、そうではなく心が前に進むためには、落ち込んで、それでも向き合うという過程がどうしても必要になるのです。

参考

  • S.Freud(著), 新宮一成(監修), (2010). フロイト全集14, 岩波書店.
  • 上島国利(編), (2013). 知っておきたい精神医学の基礎知識[第2版]: サイコロジストとメディカルスタッフのために, 誠信書房.