はじめに

 引きこもり事情に関する報道や特集は今でも定期的に組まれているようです。しかし、多くの場合、引きこもり状態は長期間にわたって持続するわけですから、スポットがあたっていない時間もご本人やご家族の悩みが継続していることは想像に難しくありません。長期間にわたる状態の継続が、近年では引きこもり事情の新しい難題を生じることになっています。

引きこもりの統計

 内閣府が2019年3月公表した「生活状況に関する調査」によると、40~64歳で推計61万人、15~39歳で推計54万人の方々が引きこもり状態にあるとのことです。同時にこのデータは元来は若者や青少年の問題とされていた引きこもりの高齢化を明らかにすることにもなり、引きこもり事情を取り巻く論点を変化させるものにもなりました。

 また、意外にも引きこもり状態が始まった年齢も60~64歳が最も多く、従来イメージされていた引きこもり像とは異なる実情が見え始めています。

引きこもりの定義

 厚生労働省で「さまざまな要因によって社会的な参加の場面が狭まり、就労や就学などの自宅以外での生活の場が長期にわたって失われている状態」を引きこもりとして定義しています。

 この文言に従うと引きこもりの範囲は随分と広いものとなります。同じように引きこもり状態と言われる方であっても、外出を苦にしない人から、自室の外に出ることができない人まで様々です。共通することは、最低限の人間関係のみで生活を営んでいる状態が続いていることであり、社会と距離をとって生活をする様子をより正確に伝えるために「社会的引きこもり」という言葉で表現されることもあります。

きっかけとなった出来事は

 同じく内閣府の調査では、引きこもりのきっかけは「退職」が最多で、「人間関係」「病気」「職場に馴染めなかった」「就職活動の失敗」と続きます。開始時期が60~64歳が最多ということを考えると仕事の最前線から離れることで職場内での居心地が悪化し、場合によってはリストラの対象になるなどの事情が反映されているものと考えられます。

 若年層では集団場面での負担が大きいことや、いじめや不登校などを経験して学校復帰の機会を得られないまま学籍を失ったことがきっかけとなることがあります。会社と学校という場面の違いはありますが、人間関係上での傷つきによって外出の負担が生じてくることは年齢に関わらず引きこもりのきっかけとなりやすいように思います。

不登校との関連

 15歳~39歳を対象として内閣府が行なった「若者の生活に関する調査」によりますと、対象年齢で引きこもり状態にある若者の30.6%が不登校を経験していたという調査結果が出ています。引きこもり状態にない群が5.4%ということを考えると、きっかけは別であったとしても、不登校と引きこもりの関連性を意識せざるを得ないように感じられます。

参考:不登校の経過と心理的意味について

高齢化によって生じた8050問題

 近年では引きこもり状態の高齢化が指摘されるようになりました。「8050問題」というのは、子供が50歳ごろには保護者が80歳程度になっているため、生活を維持することが難しくなっているという現状を伝える言葉です。この頃には保護者の方も自分が他界した後の子どもの生活を思い描くようになります。ただ、長期に渡って引きこもり状態にある我が子が社会復帰をすることは難しいだろうと考えて、子どもが生活を続けるための財産をいかに残すかが焦点となるようです。

 財産管理の問題については日本臨床心理士会が監修した「ひきこもりの心理支援」で丁寧に紹介されていますので是非参考にして頂けたらと思います。専門家向けのタイトルとなっていますが当事者の方が活用できる社会資源や法制度などが分かりやすく紹介されているのでお勧めです。

背景にあるものは

 引きこもりという状態はそもそもが二次的な状態ですので、単に引きこもり状態が解消すれば終わりということにはなりません。その背景には、発達障害や不安症、適応障害、統合失調症などの精神疾患があることも稀ではなく、医療や福祉の援助を必要としている方もいらっしゃいます。もし、早期に適切な機関と関係を持てていれば全く異なった生活を送っていた方もいらっしゃるだろうと感じることがあります。

 対人場面の傷つきから引きこもりとなった方の中にも、元々人付き合いを不得手とする方が少なくないようです。心の病気の発症はなくとも他者からの理不尽な扱いに傷つき不安や恐怖を感じている方もいます。これらはトラウマ体験に伴う二次的な反応と言って差し支えないと思いますが、精神疾患の診断がつかないことで周囲からは甘えや心の弱さを指摘されるばかりで、理解が得られない環境に置かれている方もいらっしゃるのです。

参考:トラウマへのカウンセリング

自尊感情が持てない苦しみ

 引きこもり状態にある多くの方には、引きこもることによって自分の心を守らなければいけない事情があります。自分を大切にし自分が相手と対等であるという信念を自尊感情と呼びますが、少なくない方が自尊感情が損なわれた状態にいると考えられます。これは、先程の集団場面や対人関係上での傷付き、あるいは自分と周囲を比較する中で強い劣等感を積み重ねてきたことなどが影響しています。

 自尊感情と関連した言葉に自己愛という用語があります。自己愛が傷つくと外界との接触を絶ち、自らの内面世界に没頭することで更なる傷付きを避けるようになります。先程の自尊感情が低い状態というのは、これまでの経過で自己愛が傷付けられる体験を重ねてきた結果でもあります。対人場面を避けることは自分がこれ以上傷つかないための行動と理解できますが、自己愛の傷付きが心に残っている間は再び活動することが難しく、自分を大切にする礎となる自尊感情の獲得もままなりません。引きこもりの方への支援が待っているだけでは一向に進まない一因はこの事情も関係していると考えられます。

参考:自分に自信が持てない人へのカウンセリング

当事者が感じている気持ちを尊重する

 引きこもりの方の報道を見ると、ご本人の怠けや意識に言及する言い回しも多いですが、これは間違いです。きっかけとなる事柄に触れずに責任の所在は本人にあるとするのは社会の課題や支援者の落ち度をごまかすことに繋がるように思います。引きこもりを続けている方は日々、恐怖や不安と戦っているはずです。その恐怖や不安のガス抜きがまずは大切です。とはいえ、ガス抜きをするための穴を作るだけでも多大な時間を要することが常です。

 引きこもりの方が自分で相談に来ることはまずありません。外界と接触することは自分の置かれている現実を突きつけられることになるため、心は危機的な局面を迎えることになるからです。それほどの恐怖を感じる場面に自ら出向くことが難しいのは当然ですから、ご本人の選択は尊重される必要があります。ご本人を相談につなげるために、ご家族が強制的に引きずり出すことや、第三者の強引な介入などを耳にすることがありますが、非常に危険な対応となりますので慎重に判断をするべきです。

引きこもり問題への対応

 引きこもりのご相談の多くがご家族のお話から始まります。そして、解決するまでには長い期間を要しますので、まずはご家族の方がホッとできる時間を作ることが優先です。一つ屋根の下にいる引きこもり当事者とご家族の間では、自分たちの心の距離が適切か否かを判断することが難しい状況に置かれるため、現状を客観的に眺める機会を作ることが必要となります。

 続いて当事者への働きかけが始まります。それには第三者の支援が必要になりますので、まずは訪問などをしてくれる地域の保健所に相談をしてみるのが一番だと思います。

 引きこもり支援では「就労を」という話がキーワードになりやすいですが、通常、就労はずっと先の目標です。まずは家族で会話が出来るようになること、次に家に来る保健師さんなどとお話が出来ること、などのステップを踏む必要があります。保護者やご家族の方に焦るなというのは酷ですが、焦る気持ちには人間関係に溝を作るリスクが含まれていることは間違いありません。焦りの気持ちを感じるようでしたら早めに第三者である相談機関を利用して欲しいと思います。

参考

  • 日本臨床心理士会(監修)(2017). 「ひきこもりの心理支援-心理職のための支援・介入ガイド」金剛出版.
  • 生活状況に関する調査:(外部リンク)
  • 若者の生活に関する調査:(外部リンク)