はじめに

 強迫性という言葉に皆さんはピンとくるでしょうか?必要以上に何度も同じことを確認したり繰り返す行動や、「こうでなければいけない」という思いがずっと頭の中を巡ってしまうこと、一つの考えにずっと凝り固まってしまう様子などに用いられる言葉です。診断を受けるほどではなくとも実は悩んでいる方が少なくない心の働きです。

強迫の歴史

 精神医学の中で「強迫(Obsessive)」という言葉が初めて使われたのはいつ頃かと思い調べてみました。はっきりとは分からなかったのですが、少なくともフロイトの時代には「強迫神経症」「反復強迫」などの言葉がありましたので、ある程度周知がされたものであったと思いますが、現代とはニュアンスがやや異なっていたようです。現代の「強迫」よりもさらに重度で精神病寄りの様子を表しているようで、フロイトの指摘する強迫神経症を現代医療の視点で診た場合、「強迫」は症状の一側面に過ぎない印象を受けます。現代では「強迫」を包括した別の診断名がつくようになったため、「強迫」という診断が昔と比べて比較的健康な方に多くなっているのではと思います。

 分かりにくい言葉が出てきましたので、以下で少し解説します。

反復強迫

 反復強迫は疾患というよりも現象を表す用語として使われます。昔起こったことや体験した事、あるいは人間関係の持ち方を時間が流れても同じように繰り返してしまう様子を指します。反復強迫が強く働くようになると、変化が生じにくくなるため自分の身の上に起こる苦痛や困難から抜け出すことが難しくなります。これは人間関係で過去の親子関係を反復したり、同じような場面で決まった受け止め方や行動規範に則っていつも行動してしまう柔軟性のなさとして現れます。

強迫神経症

 強迫神経症とは自分でも不合理だな些細なことだなと思うにも関わらず、ある特定の行動を繰り返したり、一つの考えがずっと頭から離れないなどの様子を指す言葉です。あとでご紹介する強迫性障害はこの強迫神経症を元に疾患としてまとめられたものあり、確認強迫や洗浄強迫が代表的なものです。

 「強迫神経症」も「反復強迫」も、心の核心に触れにくくするための心の働きです。心に触れにくくすることで苦痛に直面せずにバランスを取っている方もいらっしゃいますので、生きる上で大切な役割を担っていると言うこともできるでしょう。しかし、変わることができずに繰り返し続けることや、自分でもおかしいと思うことを続けなければいけないことが大きな苦悩となる事は想像に難しくありません。

現代の強迫症状

 DSM-Ⅴで強迫に該当する項目は「強迫症および関連症候群/強迫性障害および関連障害群」と「強迫性パーソナリティ障害」です。以下でご紹介をさせて頂きます。

強迫症および関連症候群/強迫性障害および関連障害群

 「強迫症および関連症候群/強迫性障害および関連障害群(obsessive-compulsive and related disorders)」に記載されており、診断基準の要点は以下のとおりです。

  • 強迫症/強迫性障害
  • 醜形恐怖/身体醜形障害
  • ためこみ症
  • 抜毛症
  • 皮膚むしり症
  • 物質・医薬品誘発性強迫症及び関連症/物質・医薬品誘発性強迫性障害及び関連障害
  • 他の医学的疾患による強迫症及び関連症/他の医学的疾患による強迫性障害及び関連障害
  • 他の特定される強迫症及び関連症/他の特定される強迫性障害及び関連障害
  • 特定不能の強迫症及び関連症/特定不能の強迫性障害及び関連障害

 強迫は強迫観念と強迫行為から成り立ちます。前者は思考や衝動、イメージが繰り返され、当人には侵襲的な体験と感じられます。後者は洗浄強迫や確認強迫などに代表されるのものであり、ある行動を繰り返したり特定の手順に則って作業を行うことを自分や他人に課してしまう様子を示す言葉です。これらの特徴を併せ持つものが「強迫症/強迫性障害」で、強迫観念や強迫行動がどちらか片方であったり、特定の事柄への限定的な様相を示すようであれば、「醜形恐怖」などの他の診断名に該当することになります。

4つの特徴

DSMでは強迫に共通する特徴を4つ挙げています。

  • 洗浄(汚染に関する強迫観念と洗浄に関する強迫行為)
  • 対象(対称性に関する強迫観念および繰り返し。配列や数かぞえなど整然としたものへの希求)
  • 禁断的あるいはタブーとされる思考(攻撃、性的、宗教的な事柄に関すること)
  • 加害(自他を傷つけることへの恐れと、付随する確認強迫行為)

 どの特徴に基づくエピソードであっても、過度に固執し自分でも抑えられない生活を想像してみると、当事者の苦悩が容易に想像がつくのではないでしょうか。

 なお、強迫行為によって不安や苦痛から一時的に距離を取り安心感を得ることはありますが、そもそもが快楽目的で行われている行為については強迫とは言いません。これは嗜癖に該当するものです。

 また、強迫は不合理で奇妙な内容であり、現実の出来事について強く不安を感じる不安症とはこの点が異なります。

参考:社交不安の悩み

統計データ 

 強迫症に苦しむ方の30%が一生のうちに一度はチックを経験するという研究結果があるようです。チックに悩む場合は、自身の強迫的な傾向がないかどうかを振り返ってみることも良いかもしれません。

 強迫症は慢性的な経過を辿ることが多く、治療を行わなければ寛解に向かうことは少ないようです(40年後再評価で20%が症状を持続)。平均発症年齢は19.5歳で、男性の方が女性よりも発症しやすいようです。強迫は柔軟性を損なうものであるため、自ら気付いて変化を目指すという動きが生じにくいことも長期化する一因であるように思います。

強迫性パーソナリティ障害

 DSM-Ⅴでは「強迫性パーソナリティ障害」の特徴は以下のように説明されています。

  1. 活動の主要点が見失われるほどに細かな点や規則、順序などにとらわれる。
  2. 課題の達成を妨げるほどの完璧主義。
  3. 娯楽や友人を犠牲にしてまで仕事や生産的な活動にのめり込む。
  4. 道徳、倫理、価値観などの項目で、過度に誠実で良心的だが融通が効かない。
  5. 強い思い入れがないにも関わらず使い古いしたもの、価値のない物を捨てることができない。
  6. 自分のやり方に従わなければ他人に仕事を任せられないか、一緒に仕事ができない。
  7. 将来の破綻に備える気持ちから、自分のためにも他人のためにも過度にお金を節約する。
  8. 堅苦しさと頑固さを表す。

 強迫性パーソナリティの方は非常に真面目できっちりと物事に取り組みたい方々ですが、その柔軟性のなさによって、仕事や特定の作業の進行に支障をきたすことになります。目的を見失いやすく、大して重要ではない点にこだわり、周囲を辟易させることもあります。

 7番目の項目に現れていますが、何かが破綻しないようにという気持ちが非常に強く、何事も慎重に進めようとしているのかもしれません。そのため新しい取り組みに伴うリスクには強い恐怖を覚えます。

 強迫性パーソナリティの方と過ごしていると、周囲は窮屈な気持ちを感じますし、会話をしていても重要でないところで話が止まり生産的なやりとりに進展しないため、徐々に疲れて距離を取るようになっていきます。強迫性パーソナリティを持つ方に対して、自分が正しいと主張し相手に譲歩をする気を全く持たない自分勝手な人という評価を下すことも少なくないはずです。

参考:パーソナリティ障害の悩みと影響

統計データ

 強迫性パーソナリティの傾向を持つ方は比較的多く、推定有病率は2.1~7.9%とのことです。全く問題なく仕事に励んでいる方の中にも、強いこだわりや周囲からすると理解ができないことに力を注ぐ方は少なくありません。

強迫症と強迫性パーソナリティの違い

 「強迫症/強迫性障害」と「強迫性パーソナリティ障害」の異なる点は、後者ではご本人が自身の几帳面さを当然のことと思っており、違和感を感じないことが挙げられます。そのため、家族や友人などの周囲の人間に対しても自分と同じように振る舞うことを要求し、周囲との軋轢が生じやすくなります。強迫的な在り方に思い悩むのは本人ではなく他者であり、このことを批判されたり、関係を破壊してしまうことがご本人の悩みとなることが多いようです。

背景に込められたメッセージが行動や思考に現れている

 さて、強迫の背景には何があるのか。精神分析では置き換えや打ち消しといった防衛機制が働いていると説明されます。本当は表現したい何かしらの事柄があるのに、それを表現できない。そのため、手を洗うなどの行動に置き換えて表現したり、「流す」という行動でモヤモヤした気持ちを排除するという意味が込められます。

 しかし、この方法では表現をしたいことに直接触れられないので症状は長引きますし、もし、手を洗う行動がなくなっても別の強迫症状が生じてくる可能性があります。これは強迫が単に不合理な行動をとるだけでなく、その行動の背景に無意識のメッセージが込められているために生じているからです。

強迫から生じる自動思考の存在

 P.M.サルコフスキス(Salcovkis)は、例えば「手が不潔かもしれない」という強迫観念が湧き「感染により重篤な病に倒れて死ぬかもしれない」という自動思考の存在を指摘しています。強迫観念には何らかの無意識のメッセージが込められているのかもしれませんが、自動思考によって現実的な恐怖や迫害体験となってしまうので心の内を自覚することが難しくなります。無意識のメッセージに目を向けなくするために自動思考が湧いていると考えることもでき、この場合は自分の内面に目を向ける余裕がなくなり現実的な苦しみや恐怖に圧倒されることになります。

強迫のカウンセリング

 現在、治療は薬物療法のほか、曝露反応妨害法、認知行動療法などが用いられることが多いようです。これは、まずは症状と付き合う負担を少なくするということが優先されているからであり効果も実証されているようです。

 さらに、症状と付き合えるようになることと並行して、「強迫によって自分が表現していることは何か」という心のメッセージに触れられる姿勢を身に付けていくことが大事なポイントです。そのためには考え方や受け止め方を改善するだけでは事足らず、自分の心の内を探索する心理療法が必要になってくるはずです。

 また、強迫性パーソナリティ障害の方ではまずは自分の強迫に気付くことが大切でしょう。これは一人で行うには難しく他者からの指摘や支えが必要ですし、その言葉に耳を傾ける意識を持つことが求められます。自分の強迫に気付き、それが日常生活や人間関係にどのように影響しているかへ目を向けられるようになっていくことが第一歩となります。

参考

・日本精神神経学会(監修)(2014). DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル, 医学書院.

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