はじめに

 知能検査や発達検査という言葉を聞いたことがある方は少なくないのではないでしょうか。テレビドラマや小説などでは「IQが200」などという表現を耳にすることもあります。しかし、IQを測る検査の仕組みや考え方を知っている方は意外と少ないように感じます。

心理職の行う検査

 知能検査・発達検査を行うことが多い職種が心理職です。知能を測定する以外の目的で用いられる性格検査や作業能力検査などもあり、総称して心理検査と表現されることがありますが、何を測定するかの目的によって用いる心理検査は異なります。小学校では心理検査と書かれた本が好きな子がいますが、当然そのような検査とは違って統計的に信頼性や妥当性を検証されたエビデンスを持つものが用いられています。

 今回はその中の一つである知能検査・発達検査を紹介したいと思います。しかし、検査の性格上、内容を公にすることで実施時の信頼性が損なわれてしまう恐れがあるので、概要の説明程度のご紹介となることをご容赦ください。

知能検査・発達検査の歴史

 心理学の歴史の中では「知能とは何か」ということが議論されてきました。キャッテルやアイゼンクなどの心理学者が知能を測定するために統計的な手法を用いたことで、知能を客観的に表す手法が生み出されます。

ビネー式知能検査

 知能を測定する検査は1905年のビネー(A. Binet)とシモン(T. Simon)によるもので教育現場で学力に遅れがある子どもを明らかにし、適切な教育を施すために利用されたのがきっかけです。このテストは今でも改訂が続いており、日本では田中ビネー知能検査Ⅴが主に活用されています。

集団検査

 続いて世界大戦が始まると、検査の利用は軍隊内で各員の能力を把握し適切な配置を行うための集団検査が開発されていきます。

ウェクスラー式検査

 成人の知能を正確に測定するために1939年にウェクスラー(D. Wechsler)がビネー式よりも細かく能力を把握できる測定方法を考案します。これが有名なWPPSI(幼児)、WISC(子ども)、WAIS(成人)の検査へと分化していき、日本でも多くの機関で活用されるようになりました。

K式発達検査

 また、日本では京都大学の尽力により乳幼児を対象とした「K式発達検査」が開発されます。こちらも改訂を重ねて、現在は「新版K式発達検査2020」となっています。この検査は乳児さんから実施ができることが特徴です。その他の検査よりも心理職の技量が求められますが、子どもと楽しく実施ができる素敵な検査です。

検査結果の見方

知能検査

 知能検査には多くの場合、平均の値と標準偏差(SD)が定められています。これは統計用語なので分かりにくいでしょうが、知能検査を見る上では「平均値-1SD ~ 平均値+1SDの間に約70%強の人が含まれる」という程度の認識で問題はないかと思います。そして結果を知能指数(Intelligence Quotient:IQ)で表しています。

 ウェクスラー式では知能の総合値だけでなく、各能力間でのバランスを見ることができ、このことが重宝される大きな理由となっています。これは一定の差の範囲を設定し、能力間に範囲を超えた差が生じている時には、本来持っているパフォーマンスを発揮できないと解釈されます。「発達のアンバランスさがある」などと言われるのはこの現象です。

発達検査

 発達検査の場合はK式発達検査のように結果を発達指数(Developmental Quotient:DQ)という数値で表すことがあります。これは、年齢相応の成長を基準値として、発達の進捗を知るために用いられます。意味合いは少し異なるのですが知能指数と同じように用いられることが多いです。特にビネー式知能検査では結果を知能指数と表現しますが、学齢期では発達指数の方が検査の特徴を正確に表しているようにも思います。

測定の仕方

 知能検査は多くの場合、大規模な予備調査を行なっています。予備調査の結果をもとに母集団(世間一般の人々)の平均的な得点を割り出して世に出されます(標準化)。そして、心理職などが検査を実施する際には、被験者個人の得点と基準の間で比較を行うことによって個人の知能を特定します。

 特に子どもに検査を実施する場合は、一般的な成長と被験者である子どもの成長を比較して、平均的な成長を辿れているかを確認する発達検査の側面がより強調されます。そのため、成長確認のためのツールとして利用されることも少なくありません。

 どの検査も科学的な裏付けを持たせるために非常に大変な手続きを経ているのです。検査が信頼できるかどうかは、このような予備調査の検証が丁寧になされているかどうかが重要です。

検査を受けられる場所

 就学前のお子さんでは自治体の保健所や発達センターで検査を受けることが多いです。就学後は自治体の教育相談室や、最近では発達障害の診断のために病院で検査を受ける子も少なくないようです。成人で初めて検査を受ける方は何かしらの心理的不調を伴っていることが多く、うつ病の治療などで通院を開始し、治療経過の中で検査を実施することが多いようです。

検査実施上の注意

 最近では検査を受ける人が昔よりも増えたことは間違いがないでしょう。普及するのは良いことですが、検査を受ければ何かが分かる、何かが変わるという検査至上主義になっている方を見かけることも出てきました。特に教育領域でこの傾向が強いように思います。検査はあくまでも自分のある側面に気づくための資料であり、問題そのものの対処を担うものではありません。このことを誤ると「上手くいかないから検査を…」という文脈になってしまい、検査実施後に「それで、どうすれば?」と手詰まりになります。

 検査は解決の入り口以上の役割はありません。その結果を元に今後の動き方や改善点を考えるために用いることが大切です。出来るのならば検査後の方針を一緒に考えてくださる機関で検査を実施する方が良いでしょう。

発達障害との関連

 発達障害があるかどうかを確認するために検査を取りたいというご意見を頂くことがあります。この誤解は以前よりも減ったように感じていますが、知能検査や発達検査で発達障害が分かるわけではありません。しかし、知能のバランスの悪さや成長の部分的な未成熟は、発達障害を構成する特定分野の有能さや落ち込みを表現していることがあることも確かです。そのため、診断を行う上での有要な資料となり得ることは間違いありません。ただし、あくまでも資料であり医学的診断の補助として用いるものと考えておく方が良いと思います。

参考:発達障害の分類と二次障害について

おわりに

 知能検査の習得に長けている検査者であれば、検査を取りながら反応の様子や行動の変化を詳細に見ています。一方、まだ慣れていない検査者は実施の手続きに意識が向き、結果の説明も数値の話が多くなって、被験者を見ているというよりも数字で判断を下そうとする傾向が強くなります。

 検査結果の説明時に結果が生活のどの部分を映しているものなのかをお話して下さる検査者に出会えると、受検の機会が一層有意義なものになるはずです。

参考図書

  • 中島 義明 (監修), 新・心理学の基礎知識, 有斐閣ブックス,  2005.
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