はじめに

 人間関係は時に今までの関係を破壊して大きな変化をすることがあります。例えその変化が望ましい前進であったとしても、変化には破壊が付き物であるため、良いことであるのに悩むという状況に陥ることがあります。この悩みを苦痛と感じてカウンセリングルームを訪れる方もいらっしゃいます。

関係の変化が起こる時は

 人間関係に変化が生じるとはどういうことでしょうか。分かりやすい出来事には結婚や転職、死別などのライフイベントが挙げられます。どれも、これまでの人間関係を大きく変えるものであることに疑いはないでしょう。慶事も弔事も人との関係が変化するという点では同じです。

 また、日々の生活の中でも、家庭内での親子の力関係が逆転してしまうことや、同僚が先に昇進してしまうことなどもこれまでの関係に影響を与えるものです。学齢期の子どもであっても、友人グループが変わるとか、学級内のいじめの加害者・被害者の関係の移り変わりなどは大きな変化をもたらすものとなるでしょう。

喪失の体験を伴う場合

 ご紹介した変化の例は人生の大きな出来事から日々の必然というものまで幅広いものですが、これまで慣れ親しんできた人間関係の土台が揺れるものであることは共通しています。ときには大きな破壊力を持つ変化によって、これまでの日々を失う体験をする方もいらっしゃるでしょう。人間関係の変化が喪失体験とセットであることは否めません。

 ただし、一時的に酷く落ち込むことがあっても、多くの方が時間の経過と共に現状を受け入れるようになります。これを喪の作業と言いますが、なかには喪失の体験がいつまでも生々しく残り、慢性的な抑うつ気分を訴える方もいらっしゃいます。子どもが自立して保護者が意気消沈する空の巣症候群などが、まさにこの様子を示すものです。

参考:喪失の反応と留意点

取り込むことの負担を伴う場合

 反対に新しいことを取り込むことが消化不良になることもあります。おめでたい出来事は得てして新しい人間関係を生み出します。結婚によって親戚付き合いが始まる、昇進によって部下ができる、進学して新しい友人が出来る、などはこれまでに接点のなかった新しい人々と関わることです。心の中に新しい人々と過ごすスペースを作ることに苦心した経験のある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

参考:過剰適応の悩みと苦しみについて

 このことを負担と感じる程度には個人差が大きいと思いますが、心が弱っている時はより大きな負担として感じられることになります。

変化に強い人とはどのような人か

 人生のどこかで人間関係の変化は必ず生じると言っても過言ではないでしょう。しかし、揺さぶられる程度には個人差があるようにも思います。どのような事情が影響しているのかを考えてみましょう。

レジリエンスの考え方

 レジリエンスとは「逆境を乗り越える力」と言われています。打たれ強さとか心のタフさと考えると分かりやすいと思います。レジリエンスが高い人は変化があって心が揺さぶられたとしても、重篤な心身への影響にならないように踏みとどまることができます。

参考:逆境を乗り越える力/レジリエンス

一人でいられる能力

 ウィニコット(D.W.Winnicott)は、他者と一緒にいながらも自分を保ち心地よく過ごせることを「一人でいられる能力」と表現しました。これは他者に自分が侵されないために必要な力であり、幼少期に母親と一緒に過ごし、かつ適度に放っておいて貰えたことで獲得される情緒的な能力です。この力が十分にあると他者からの影響を受けても自分の心や姿勢を維持しやすくなります。変化の中にあっても、自分を見失わずに過ごすために必要な力と言えるでしょうか。

身近に人間関係の変化で悩む人がいる時の対処

 恋人との別れや我が子が口を聞いてくれなくなった。あるいは昇進して環境が変わった、新しい友人ができたなど、その人を取り巻く人間関係に今までとは異なることが起きて、そのことを話し始めた時はよく耳を傾けてください。人間関係の変化は多くの場合、避けることができず受け入れるしかない現実です。当人もどこかでそのことを分かっていますが、その変化が日常として受け入れられる前の異物と認識される段階にあるからこそ、話題にしているわけです。自分の言葉で語るということは整理して飲み込む作業でもあります。この作業に付き合うことが一番の支えとなります。

 もし、変化が日常生活での不適応を予想させるものであったのなら、正直に以前のあなたとは違うということを伝えた方が良いと思います。渦中にいる時は人は自分の状態には気付きにくいものです。変化を受け入れることの困難を抱えていることを指摘することは大きな手助けとなります。

カウンセリングでは

 関係性の変化に起因してカウンセリングを訪れる方は多くの場合が喪失の反応や適応するために頑張りすぎた疲労を伴っています。失ったものや昔の思い出を明瞭にして再度心に収めることや、新しい変化がなぜ受け入れにくいのかを話題にすることが当初は必要になるでしょう。多くの場合はこの時間を持つことによって、徐々に自分の感覚を取り戻して現実に戻っていくことが出来るように思います。

 しかし、変化による心の揺れが大きい場合は自己理解を得る時間が必要となることもあります。心を探索することを目的としてカウンセリングを実施することになるでしょう。

おわりに

 関係の変化は過去の破壊です。そこに新しい木を植えられるかどうかは人によりますが、破壊された過去が大切なものであるほど、再起に時間が掛かることは間違いがありません。決して焦って適応しようとせずに時間に任せるという過ごし方を意識できると良いでしょう。

参考

  • D.W.Winnicott, 牛島定信(訳)(1977). 情緒発達の精神分析理論―自我の芽ばえと母なるもの (現代精神分析双書第II期). 岩崎学術出版社.
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