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はじめに
ハラスメントという言葉は一般的な用語として随分と浸透しました。相手に損害を与えたり不愉快にするなどの行動を表し、人間関係上のやりとりを示す言葉ですが、ときに不愉快にするでは済まないような悪質なものも見受けられます。反面、非常に軽微で大多数が許容するであろう出来事がハラスメントして話題に上がってくることもありますので、事実確認だけではなく加害者と被害者の受け止め方にも考慮する必要があるでしょう。ハラスメントを概観し、被害者と加害者のそれぞれの心情や立場を考えてみようと思います。
ハラスメントの統計
実数を知ることはおそらく難しいだろうと思われます。明るみになる件数はごく一部でしょうし、また、その実数が多いのか少ないのかを判断することも出来ません。
しかし、割合で調べてみると、ハラスメントが随分と身近にあることがわかります。厚生労働省に委託されて運営されている「あかるい職場応援団」では様々な情報が掲載されています。その中の一つに、
過去3年間にパワーハラスメントを受けたことがあると回答した者は回答者全体の32.5%、パワーハラスメントを見たり、相談を受けたことがあると回答した者は回答者全体の30.1%、パワーハラスメントをしたと感じたり、したと指摘されたことがあると回答した者は11.7%でした。
との指摘がありました。パワーハラスメントに限っても相当数の方が体験していることが分かります。
また、学生のいじめや嫌がらせはハラスメントとは別の集計となっているかと思いますし、上記の数値は職場を対象としたものですので、友人間や家族間で生じていることはカウントされていません。厚生労働省はハラスメントを職場内と定義づけていますが、近年、多くのハラスメント用語が誕生している背景には定義する範囲が広がっていることが影響していると思われます。
ハラスメントの種類
日頃から多くのハラスメントの名称を耳にしている方は少なくないのではないでしょうか。代表的なものを列挙してみます。なお、ハラスメントは「職場」で主に用いられる用語のため、明確に定義が定まっているものは主に職場を想定しています。今回ご紹介するものも社会人の職場を前提としたものを中心としています。
パワーハラスメント/パワハラ
通称パワハラと呼ばれるものです。「優越的な立場から、業務の範囲を超えた範囲での関わりを行い、このことによって相手の就業を困難にすること」ということです。ここでの優越的な立場というのは上司と部下などの形式的なものでは必ずしもなく、相手に対して影響を及ぼしやすい立場と解するようです。
その内容は人格否定や過度の叱責など精神面への加害が多く、無視や業務からの排除などの切り離しということもあるようです。窓際に追いやるという言葉がありますが、あれは間違いなく該当する行為でしょう。また、暴力やプライベートへの介入などもパワハラに該当しますが、これらの行為は犯罪となる例もあるようです。
セクシュアルハラスメント/セクハラ
加害者の職場内の性的な言動によって、被害者が労働条件で不利益を被ることや労働環境が損なわれることを指します。例えば性的な発言をしつこく言われることや、必要以上に身体に触れること、性的関係を迫られること、性的な役割を過度に求められることなどが該当します。
セクハラには対価型と環境型があるそうです。対価型は性的な言動への拒絶や告発を行うことで解雇や減給などの不利益を受けることであり、環境型は性的な言動をきっかけにして就業することへの著しい不快感や恐怖が生じて労働が困難になることを指します。
マタニティハラスメント/マタハラ
妊娠出産は就労事情を大きく変える出来事です。産休、育休などの取得にあたって組織には取得を手助けする義務があります。マタハラは休暇の取得を拒否することや休暇取得についての叱責や嫌味を当事者に向けること、あるいは妊娠した事実を非難することなどの言動を指します。
厚生労働省はマタハラを2つの種類に分けています。一つは制度の利用に対する嫌がらせで、休暇や時短労働の申請を理由に就業環境を不本意な形態へと変更されることなどを指します。もう一つは妊娠した状態を理由に行う嫌がらせで、「妊娠したのならこの仕事は任せられない」などの妊娠や子育て中という状態を理由にして就業が制限されることを指します。
モラルハラスメント/モラハラ
最近ではモラルハラスメントという言葉も出現しました。調べてみると「相手の心を傷つける言動の中で特に精神的な暴力によるもの」を指すようです。多くのハラスメントを総括したより広い定義と言えるでしょう。これまで紹介してきたハラスメントが職場内での関係に限定されていたことに対して、モラハラという言葉によってハラスメントが私的な人間関係の中でも用いられるように変化してきたと言うこともできそうです。
その他のハラスメント
以上のハラスメントは厚生労働省からの説明があったり、精神科医の方が提唱していたりなど、割とオフィシャルな性格がありますが、昨今では相手を傷つける様々な行為に対して柔軟に名前が付けられ、メディアを通じて広がっていく様も見受けられます。例えばアカデミックハラスメント(アカハラ)が代表的な言葉かもしれません。軽く調べてみると、アルコールハラスメント(アルハラ)、ジェンダーハラスメント(ジェンハラ)、スメルハラスメント(スメハラ)などの言葉もありました。
細分化しているだけで、紹介してきたハラスメントの中の一類型に含まれるものが多い気がします。ただし、一つ気になる点は加害意図がないものも含まれているということです。不快な行動かもしれませんが、本人がそこに気付いていないのであれば、これをハラスメントと呼んでいいのかは疑問が残ります。
ハラスメントを取り巻く法律
パワーハラスメント防止法
2020年6月より、まずは大企業でパワーハラスメントを防止するための措置を講じることが義務化されました(中小企業は2022年までは努力義務となります)。また、パワハラの訴えを行った従業員が不当な扱いを受けないようにすることも明記されています。
男女雇用機会均等法
セクシュアルハラスメントとマタニティティハラスメントは、事業主に職場内での発生を防止する義務が定められています。またマタハラについては育児・介護休業法の中で、事業主が出産や育児を理由に当該者が不利な扱いを受けることがないようにと明記しています。
ハラスメントに関する法律は近年、特に整備されています。一方で、当事者がハラスメントと思っても、その受け止め方があまりにも極端な場合はハラスメントと認定されないことも当然起こりえます。厚生労働省のホームページにはどのような事案がハラスメントと認定されるかが、分かりやすく記載されていますので、詳しくお知りになりたい方はご参照ください(外部リンク)。
ハラスメントによる心の傷
さて、ハラスメントが心の傷となることは言うまでもないでしょう。非常にトラウマティックな体験ですし、場合によってはPTSDの発症につながる可能性があります。また、ハラスメントは継続して行われることもありますので、この場合は複雑性PTSD(参考:複雑性PTSD概念の導入にあたって)に該当することも考えられます。加害行為や加害者との接点がなくなった後も、苦悩や悩みが続くのであれば心のケアが必要になります(参考:トラウマへのカウンセリング)。
ハラスメント加害者の心情
決して加害者を擁護する必要はありません。しかし、どのような心の動きがハラスメントに繋がったのかを知っておくことは必要であると思います。いくつか列挙してみます。
まずは自分の弱さや至らなさを誤魔化すためにハラスメントを行う方です。仕事の能力に自信がない場合、部下や後輩に自分が上の立場であることを示すために何らかの影響力を示そうという気持ちです。もう一つは相手を自分の思う方向に動かすことで自分の有能さを感じるタイプです。これはモラハラ夫などにも見られます。ともに自己愛的な性格が想定されます。
次に自分より優秀な人を疎んじることから始まるハラスメントでしょうか。ここには良い物を認めるのではなく排除するという羨望の働きがあります。あまりに極端であれば、加害者の人格上の問題を疑うことが必要になります。
最後に相手と意見を擦り合わせることができない対人関係スキルの乏しさが問題となっている方です。気持ちを察する力や言語表現のスキルなども関連してくるでしょう。感覚としてはこのパターンが一番多いのではと思いますが、どうでしょうか。
明らかにすることへの期待
被害を受け、悩んでいる間は冷静な判断が出来ないことが少なくありません。第三者に打ち明けることは大切ですが、このこと自体が難しいこともあるでしょう。誰かに話すということで自分の中に見ないように置いていた屈辱感や恐怖感が溢れ出す方も珍しくないように思います。とても大きな心の揺れとなるので、避けようとする心の動きは当然だと思います。
一方、ハラスメントの考え方が普及した現代では上記のような屈辱感などを伴わずにハラスメント被害を訴える方がいることも否定できません。そこにはハラスメントを訴えることによって生じることへの期待があると思うのです。訴えによって多くの方が気に掛けてくれることになるので、そこには自分が支えられている安心感が生じます。自分が上手くやれていないという気持ちがある時には大きな報酬として機能することでしょう。また、自分で相手に伝えられないため他者に代弁してほしいという期待もあるように思います。これは意識的には相手と話をしたいという気持ちからかもしれませんが、背後には伝えることの未熟さを誤魔化そうとする思いも働いていることがありそうです。この場合の未熟さは単にビジネススキルの話ではなく、上の立場にいる人に過度に委縮したり反発する気持ちや、現実的な関係以上の近さを求める気持ちがを含みます。ともに人間関係を作る前提がテーマとなっているので、職場外の関係でも同様の気持ちが生じて悩んでいる方もいらっしゃるようです。
ハラスメント被害を防ぐためには
人間関係は初対面からいきなり険悪になっていることはまずありません。徐々に積み重なって険悪になるのです。相手の課題が大きいのであれば、これを変えていくことは難しいです。一定の距離感を維持することが大切になります。もし被害に合わないように予防線を張るのであれば、明瞭で裏表のない表現を身に付けることが有効だと思います。そのためにはアサーションの視点を意識して日々仕事をしていけると良いかもしれません(参考:アサーションを用いた関係づくり)。
不幸にも被害に遭ってしまった時には、相手にハラスメントをしていることを伝えて良いと思います。それでも相手が改めないようであれば、職場の第三者などに間に入ってもらうことに躊躇しない方が良いでしょう。
参考