はじめに

 ある日、会社に行くと同僚の表情が浮かない。学校に行くと友達のノリがいつもと違う。こんな場面に出会い、相手を励ましたいけど何と声をかければ良いか分からないと悩んだことがある方は少なくないのではないでしょうか。

励ます行動の前提

 落ち込んでいる人がいれば声を掛けましょうというフレーズは学校教育の中で多くの人が学ぶことです。しかし、この行動がどのような場面でも必ずしも正しいわけではありません。励ますことでかえって相手の傷を開くことや、屈辱感や抑うつ感を高めてしまうことがあることに留意しておく必要があります。励ましは常に相手にとって良い働きかけになるとは限らないのです。時期尚早の働きかけは一層の苦痛を相手に与えることもあります。

気に掛けている雰囲気は示したほうが良い

 上述したように励ましの声を掛けることが必ずしも相手にとっての支えになるとは限りません。しかし、気に掛けているという姿勢を暗に伝えることは必要だと思います。特に悩みが深い時や落ち込み方が激しい時は、孤立した状況に置かれることで自死のリスクを高めます。励ましの声を直接に掛けられない時でも、一人ではないというメッセージを送ることは重要なのです。相手に自分は孤独ではないという意識が芽生えるように振る舞うこともまた一つの励ましの形でしょう。

励まし方の違い

 もし、相手が悩みや落ち込みの理由を話すことが出来そうな時や、聞いて欲しいというサインを送ってくるのであれば勿論話を聞いてください。この時には相手に何が起こっているのかに興味を持っていますという姿勢で耳を傾けることが大切です。その言い分が、たとえ自分勝手な言動であったり、極論であったとしても「あなたの目から見るとそう見えるんだね」という姿勢で受け止めるように聞きましょう。

参考:「話を聞いてくれない」と言われた時の留意点

 一方、先程もご紹介したように理由を話すことが時期尚早である時もあります。この時は状況を根掘り葉掘り聞くことは当然禁止です。「元気出せよ」程度の励ましにするのか、そもそも何も声を掛けないほうが良い時もあります。特に落ち込んでいる理由にあなた自身が関わっているのであれば、励ましは強力な攻撃になることすらあるでしょう。

励ますときのポイント

 とは言いつつも、今回のテーマは励まし方ですので、実際に声を掛けられる状況での留意点についてご紹介をするべきだと思っています。お互いの間にある程度良好な関係ができているのであれば相手はあなたに悩みを吐露してくることもあるでしょう。

自分の話はしない

 人から悩みの相談を受けたり、気持ちが重くなる話をされるとすぐに「僕の場合は…」と自分の話をする人がいます。これは相手のことを思っているようで実はあなたの話は聞きませんというメッセージを送っていることになります。「自分の話をしない」は原則です。

すぐに具体的な対策を提案しない

 「それならこう考えればいいよ」などという具体的な対策を提案することにも慎重を要します。なぜならすぐに解決策を示されると、自分の心の痛みはすぐに対策ができる軽いものであったんだと受け取られてしまいます。自分の心が家電の修理のように扱われているように感じてしまうこともあるでしょう。あなたは励ましているつもりでもむしろ苦しくなってしまうのです。

 ただ、ネガティブな気持ちと考えに支配されて負の循環から抜け出せなくなっている方には、むしろ別の視点を示すことが励ましになることもあります。

話の整合性を指摘しない

 特に抑うつ気分が高まっている時などは、話の内容がよく分からなかったり、偏った受け止め方をしていることがあります。聞き手としては、話の整合性を欠いていることを指摘してお互いに分かる形にして会話をしたいものです。しかし、励ますことを目的にするのであれば、話の整合性を指摘するタイミングは見定めた方が良いでしょう。分かりにくい点や偏った考え方を指摘することは、こちらにその気がなくとも、相手を責めるニュアンスを含むものです。落ち込んでいて誰かの励ましを欲している時は尚更です。誰しも落ち込みから抜け出すと自分で整合性を整える作業を行いますので、タイミングを意識しましょう。

途中でやめない

 励まそうと思って声を掛けたにも関わらず、途中で自分の手に負えないと感じて関わりをやめてしまうことは最悪です。それならば最初から励まそうと思わないほうが良いでしょう。相手の痛みに寄り添う時は時間が掛かること、自分も辛い気持ちになるであろうことを覚悟する必要があります。言い換えれば、こちらの準備が整っていない時は軽はずみに声を掛けない方が良いことを知っておくと良いでしょう。

二次被害を避けること

 励まそうと思って声を掛けても相手に怒りをぶつけられることがあります。逆ギレとか八つ当たりと言われるものです。「折角励まそうと思ったのに」と思うこともあるでしょうが、この時はあまり長く話し込まずにその場を収めてください。言い合いにでもなれば励ますどころか、落ち込みや抑うつ気分を更に強化してしまいます。

時間が解決してくれることも

 多くの場合、落ち込みは長期間続くことはありません。何かしらの解決や妥協点に向かっていくのが人間です。そのため、すぐに相手が元気になることがなくても、あなたの励ましが無駄であったとガッカリせず、今はまだ前向きな気持ちになる時期ではないのだと考えたほうが良いでしょう。励ます側に焦りは禁物です。

 ただし、落ち込みが何ヶ月、何年と慢性的に続いているようであれば、この時は持続性抑うつ障害(気分変調症)などを疑うことが必要な時もあります。

落ち込み方が極端な時には

 自殺企図や自傷行為などが激しいようであれば、言葉で励ましながら前を向く時期を待つなどの悠長なことを言っていられない時もあります。このような時は、心療内科などへの受診が必要だと思うことをハッキリと伝えるべき場面です。言われた相手は躊躇するでしょうし、あなたが怒られてしまうかもしれません。相手を傷つけてしまうことにもなるでしょうけど、落ち込み方が激しく身の危険があるのであれば、安全の確保が第一です。自分が憎まれ役になることを覚悟することも一つの励まし方だと思います。

参考:鬱(うつ)の分類と予防について

励ますことを操作にしないこと

 言葉による励ましは一瞬で人の視界を開くこともあれば、全くの無駄と言われることもあります。しかし、無力であっても我々は相手を思いやるしか出来ないのではないでしょうか。ここまでお伝えしてきた通り、人が前を向くためには時期があり時には多大な時間が必要です。そして、その間に相手を思いやって励ましの言葉を掛けることは、少なくとも相手を孤独にさせない効果があります。励ますことで相手がすぐに変化することは期待してはならないと思います。もし、そのことに不満を感じるのであれば、それは相手の気持ちを操作しようとしていることに他ならないからです。

おわりに

 励ますという行為は相手の荷物の一部を代わりに担ぐことです。自分の荷物が一杯であれば、相手を励ますことは出来ません。自分の負担になりすぎない範囲での思いやりを持つことが、結果としてお互いにとっての最良の人間関係を作るのだと思います。

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