リモートワークという働き方

近年は働き方の多様化を柔軟に受け入れることが求められています。この意識自体はとてもありがたいことです。私は以前、丸の内まで片道1時間以上かけて満員電車で通っていたことがありますが、今思い出しただけでも本当に辛かったです。通勤時間に本を読むなどして有意義に過ごせばいいという意見を耳にすることがありますが、それもなかなかに難しい。最近は以前に比べていくらか乗車率が下がってきたらしいですが、それでも辛いという体感はあまり変わりません。個人的な回想になってきましたので、ここら辺にしておこうと思いますが、とにかく通勤という時間を生活の中でどのように意味付けをするかはなかなかに難しい問題だと思います。さて、そんな声があったからなのかどうかは知りませんが、最近ではリモートワークという言葉が出てきています。これは、自宅や遠方の地でもインターネットを介して出社時に近い状態で業務を行うことができる勤務形態を表す言葉です。リモートワークが可能になると、女性が育児をしながら仕事を続けることや、遠く離れた地域からも優秀な人材を確保することができます。最近ではマンションの一室にリモートワーク用スペースを用意した物件を見かけることがあります。また、コワーキングスペースという会員制の時間貸しスペース事業も盛況のようで、社会は少しずつ働き方を変えていることがうかがえます。ちなみに東京都では会社への出社を週数日にして、満員電車のラッシュが解消された未来像を一つの目標としているようです。興味のある方は「2020年に向けた実行プラン」で検索をしてみてください。

一人で働く孤独と不安

さて、そんなリモートワークですが、皆さんの周りにこのリモートワークを行なっているという方はいらっしゃいますか?職種を選ぶ働き方なので、知り合いに見当たらない方も少なくないのではないでしょうか。私もあまり聞いたことがありません。では、皆さんは出社しなくていいよと言われたらどう感じますか?最初のうちは嬉しいと思われるかもしれません。でも、時間が経つと徐々に不安が押し寄せてくると思うのです。そう、孤独からくる不安です。仕事をしていると、ちょっとしたことを誰かに話したい時や自分のやり方に間違いはないと誰かに保障をもらいたい時もあるはずです。でも、そんな内容でメールを打ったりTV通話のスイッチを入れることには抵抗がありますよね。そういう小さい積み重ねが孤独を感じる瞬間であり、日本文化にリモートワークを導入することの大きな課題なのだと思います。このことを辛いと思わない人もいるでしょうが人を選ぶ働き方であることは間違いなさそうですね。

職場が担う役割について

会社は仕事をする場所という言葉に異論がある人はいないでしょう。でも、決して仕事をする目的だけではなく人とのやりとりを行うための居場所としての機能が職場にはあります。家庭と違う自分を演じることができる場所や、同じ立場で話をすることができる同僚の存在は私たちの大切な居場所なのです。さて、そう考えると技術進歩により可能になったリモートワークは、我々にはまだまだ扱いきれない部分もありそうです。この技術を使いこなすには、職場を居場所として依存することのないように、各々がプライベートで居場所をしっかりと作ることができる対人関係能力と、一人で物事を考えて行動することができる自立した人格を持つことが必要不可欠です。このように考えると技術を使いこなすためには、我々はより主体的に自分らしく生きることを求められているように感じます。少し主題と離れた大きな話になりますが、このことは精神分析が目標としてきた人間像を再度求められる時代になってきたようにも感じられるのです。現代社会は孤独との戦いという言葉を聞くことがあります。それをリモートワークを可能にするような現代技術と、我々の人間性の間での戦いなのかも知れません。