はじめに

 近年は働き方の多様化を柔軟に受け入れることが求められています。さらにCOVID-19の感染予防のために、2020年よりリモートワークの推奨が日本に留まらず、世界全体で押し進められました。柔軟に仕事に向き合えることは確かに生産性の向上につながります。しかし、我々日本人にとっての職場は合理的かつ効率のみを求める場であって良いのでしょうか。

働く場を取り巻く問題について

 職場の在り方を考える前に、労働環境を取り巻く事情を概観したいと思います。

公私の両立の悩み

 高度経済成長期の世のお父さん方は、朝から晩まで会社で過ごして家庭で過ごす時間を取ることが難しい方も少なくありませんでした。この苦労が日本の成長を支えてきたのですから、感謝の気持ちを忘れるわけにはいきません。しかし、現在でも一部の企業では長時間労働を強いることや労働者の人格を損なうような奉仕を求める文化が残っている企業があるようです。必ずしも企業の悪意によるものではなく、過去の意識から脱却ができない事情があることも考えられます(参考:ブラック企業で働くこと)。

 また、労働者の中には長時間の通勤時間を経て職場に向かう方もいらっしゃいます。片道二時間をかけて通勤されている方の話をうかがうと、案の定プライベートの時間を取れていないと訴える方が少なくありません。

ワーキングプアの悩み

 日本企業は賃金の上昇が伸び悩んでいると言われています。このことに伴って働いているにも関わらず経済的な困窮を強いられている方がおり、いわゆるワーキングプアの問題として周知されています。個人の努力だけでは解決が難しい事柄であるため、労働環境を変化させることが難しく、長期的には充実した人生を損なう危うさを含む問題でしょう。

参考:貧困による心理的影響について

雇用格差の悩み

 雇用の形態を巡る格差の問題も依然として続いています。正規職員に比べて、派遣社員や契約社員などの非正規職員の待遇が不合理なほどに低く設定されている問題です。民間だけでなく、行政でも非正規職員の待遇を問題視する声は上がっており、官製ワーキングプアと揶揄されることもあります。

参考:厚生労働省令和2年賃金構造基本統計調査(外部リンク)

人間関係の悩み

 様々な立場の方が働く場が職場ですから、上述のストレスを多かれ少なかれ誰しもが抱えていると考えて良いでしょう。そのため、イライラや鬱憤が人間関係への影響として現れることはありますし、これはある意味では人間の性ですから全てを無くすことは難しいのかもしれません。職場では人間関係の問題はハラスメントとして扱われることになります。

参考:ハラスメントの心情

心身不調の悩み

 職場でのストレスが毎日のように積み重なることで、人間は疲弊していきます。疲れを十分にとることが出来れば良いのですが、休息時間を取ることはなかなかに難しく、気が付くと心身の不調をきたして休職に至ってしまう方もいらっしゃいます。休職による無力感や自責感は長く爪痕を残すものです。この段階に到達する前に予防の視点を持って過ごせるようになることが、現代ではとても大切なことです。

参考:復職までの過ごし方

 職場環境で耳にする課題にはこのようなものがあります。悩みが大きくなれば当然職場での居心地は悪くなります。労働環境を整える必要性は長期に渡って指摘をされており、どの課題も昔に比べれば社会の理解を得て改善する方向に進んでいることも間違いないと思います。しかし、全ての悩みを解消して気持ちよく仕事が出来るようになることはあり得ない理想でしょう。

リモートワークの可能性

 近年注目を浴びているリモートワークは上記の問題の一部をクリアにする役割を担うものでもあります。その意味では可能性に満ちた勤務体制であることには間違いありません。東京都では会社への出社を数日/週にして、満員電車のラッシュが解消された未来像を一つの目標にした「2020年に向けた実行プラン」を提案していました。奇しくも世界中の感染予防の動きが、この計画の背中を押したことは間違いありません。

参考:東京都「2020年に向けた実行プラン」事業実施状況レビュー(外部リンク)

リモートワークによって生じる孤独と責任の負担

 しかし、我々はリモートワークによって仕事のストレスから解消されたかと問われるとそんなことはないように感じます。むしろ、職場という枠組みがなくなることで新たな苦悩が生まれたのではないでしょうか。そのうちの一つがコミュニケーションの敷居が上がったことです。仕事をしていると、ちょっとしたことを誰かに話したい時や自分のやり方に間違いはないと保障をもらいたい時があるはずです。しかし、このような時に電話やメールは相手に意思表示するにはやや仰々しくて差し控えるのではないでしょうか。出勤して顔を合わせていれば気にせずに共有できていた話題もオンラインになることで急に伝えることが出来なくなってしまうのです。

 ここに孤独を感じる方は少なくないようです。あるいは一人で仕事と向き合うことの責任の負担を感じる方もいるかもしれません。リモートワークがもたらす働き方は個で考えることができること、そして、個で仕事を遂行できることを求めています。仕事の能力によって純粋に評価されると捉える方もいらっしゃるでしょうが、従来の職場が持つ保護的な役割は、労働環境の課題と共に薄まりました。

参考:リモートワークに伴う心の相談への影響

働き方の多様化に伴う懸念

 前置きが長くなりましたがタイトルに話を戻したいと思います。働き方が多様化されることによって生じる懸念は、リモートワークの普及によって見えやすくなったように思います。つまり、個としての過度な自立を求められることです。そのような働き方が出来る方は良いのですが、万人が働きやすい考え方ではないでしょう。職場では自然発生的に人間関係が生じます。この人間関係は思いの外、我々を支えるものです。従来の職場へ出勤するという行動にはこのような居場所を提供し、孤立を避ける機能があったのだろうと思うのです。

職場に期待することは

 会社は仕事をする場所であるという言葉に異論がある人はいないでしょう。しかし、仕事をする目的だけではなく人と接点を持つ居場所としての機能も我々は求めているはずです。理由は家庭と違う自分でいることを欲する気持ちや、活躍して称賛を得たいという欲求を満たすためなのかもしれませんが、職場というコミュニティで生じる人間関係に何らかの期待を持っています。そして、言うまでもなく、孤立を避けることは我々が健康に日々を過ごす大事な要素です。

働き方の選択は慎重に

 さて、このように見ていくと、職場の生産性と合理化が進んでいくことで我々は個としての能力を求められ、過度に進めば孤独に耐えられなくなります。職場は我々の孤立を防ぐための居場所としての機能を持つことに疑いはないでしょう。

 昨今の柔軟な働き方の提案や、独立心を煽るような言説は確かに魅力的ではありますが、その労働に付随する孤独感や責任に自分は一人で向き合えるのだろうかということを事前によく考えてから決断した方が良さそうです。働き方の多様化はあっても良いと思いますが、自分自信の性格の理解や、人間関係に求めることに十分に開けておく必要があるのではないでしょうか。

参考

  • 厚生労働省令和2年賃金構造基本統計調査
  • 東京都「2020年に向けた実行プラン」事業実施状況レビュー
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