はじめに

 虚しいという言葉を広辞苑で調べると、「内容がなく空虚であるさま」「儚い、かりそめ」などと説明がされています。特に考えさせられる指摘はこの言葉に「死んでいる」という意味が含まれていることです。本来、この虚しいが示しているものは非常に破滅的なものであることが分かります。

 一方、我々は虚しいという言葉を割と身近なものとして使っています。しかし、言葉の意味と照らし合わせると、他の動物にはない人間ならではの高次の感情と言えるのではないでしょうか。

 

慢性的な虚しさは空虚な自分を作り出す

 一時的に虚しいと感じることは誰しもが経験があると思います。例えば、自分の行なっていることに意味を見出せないとか、大切な方を亡くした後の心にぽっかりと穴が空いた感覚は虚しさを覚えるものでしょう。多くの場合は時間の経過とともに次の一歩を踏み出すことになります。この時の虚しさは状況を考えれば当然の感情ですし、虚しさを打開しようとするのは健康な心の働きです。

 しかし、虚しさが慢性的なものとなれば、それは正常な感情の動きでは済まず、固定化され空虚な自分という一つの自己像を形作っていきます。この自己像は自分の中に確固としたものがないとか、人の意見に振り回されて自分の意思が不明瞭であるなどの自分らしさです。そして、当人には自分が空っぽであると知覚されているはずです。今回扱いたいのはこちらの慢性的な虚しさのお話です。

自分が持てないことは流れていく感覚

 さて、先に少し述べてしまいましたが、虚しさという感情は自分の持てなさ、自分の人生を生きられていない感覚から生じています。それは全ての体験が儚く流れ去ってしまうように感じられます。自分自身の感情を育み自分の内面に開けていることが虚しさと向き合うためには必要ですが、そもそも自分が持てない状況とはどのように作られるのでしょうか。少し考えたいと思います。

密着と分離の経験

 「自分」という感覚が育つための最初のステップは、幼少期に密着した母子関係から分離することや、学童期から青年期にかけて兄弟や友人関係の中での密着と分離を経験することから始まります。密着の経験がなければ「自分」を形作るためのモデルがないので迷走することになるでしょうし、分離がなければいつまでも他者の存在に邪魔をされて、自分であることが許されない状況に置かれます。ともに将来の「自分が持てない」背景となり得る事象です。特に分離は絶望的な体験ですが、自分と他人は異なる存在であることに気付き自己意識を育てていく上で必要不可欠なものです。

参考:愛着障害の背景と影響について

主従関係に取り込まれる

 何らかの事情により誰かの監視下に置かれ、抜け出せない環境も空虚な自分を作ります。そのような状況下では自分で考えることを必要としない、もしくは考えようとしてもできない葛藤に耐えられなくなります。どちらも主体性を放棄せざるを得ません。すると、感情を分裂排除するようになり、長く続けば精神病的危機が生じることもあります。

参考:感情表現が苦手な人へのカウンセリング

極度の外傷体験

 理不尽な暴力や過酷な環境に置かれると人は自尊感情を大きく傷付けられて自分は価値のない存在であると考えるようになります。すると、自分の中にある感情や思考を取るに足らないものとして否認します。否認が重なれば自分を形成するものがなくなってしまうので、空虚な心に支配されることとなります。

参考:トラウマへのカウンセリング

虚しさが人生や人間関係に与える影響

 虚しさという感情はそれ自体が生命を脅かすものではありません。しかし、自分が空っぽで価値がないという意識は充実した人生を損なうものです。そのような在り方が長く続けば抑うつ的な気持ちを伴うことは想像に難しくありませんし、社会適応の困難という二次的な悩みへとつながっていく可能性もあるでしょう。

 また、対人面では対等な人間関係を形成することが難しくなり、孤独を強く感じるようになります。時には孤独に付け入る悪意のある人物に出会って搾取されるリスクも高まります。自分という存在がまだ虚ろな思春期に大人に搾取される事件が日々報道されていますので、この話が決して大袈裟ではないことは納得頂けるのではないでしょうか。

DSM-Ⅴの指摘

 DSM-Ⅴに規定されている「境界性パーソナリティ障害」には、慢性的な空虚感が診断基準の一つに挙げられています。空虚であることの苦悩を解消しようという動機が、人とのつながりを求める行動に現れます。また、「うつ病」でもご本人が空虚感を自覚していることが一つの判断材料となっています。うつ病も長く続くようであれば慢性的な空虚感を抱えることになるでしょう。

虚しさへのカウンセリング

 虚しいという感情に悩んでカウンセリングを訪れている方は、来室する行為自体が治療として作用します。なぜかというと、虚しいという感情は自分を無価値なものとするため、自分をケアしようという意識が生じにくくなります。おそらくカウンセリングを考えた時点で、虚しさに従順でいたくないと考えたはずですから、予約を取れたことでも大きな一歩です。この決断は空虚な世界から抜けて不安という自分の感情を排除せずに捕まえられたことを意味します。

 虚しさを扱うためのカウンセリングでは自分の感情を見落とさないように掴み取ることが目標です。まずは虚しいことを不安に感じ、その不安の気持ちを排除せずに持ち続けられるようになることが必要です。毎週のカウンセラーとの中で自分の中の不安な気持ちを探し、言葉にすることから始めてみるのが良いと思います。

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