はじめに

 前回ではどのように話せば良いのか分からないということをテーマにしました。今回はカウンセリングの中で話が深まらないことや進展がないことをテーマにしたいと思います。この2つは重なるところもありますが、大きく異なる部分がある悩みでもあります。

話が深まらない悩み

 ある程度話が進むと話すことがないなぁという気持ちになるのは当然であると思います。特に来室を始めたばかりの時は話すことがたくさんあった人のほうがこの悩みに困惑することが多いかもしれません。一方、この深まらなさがカウンセリングの初回からすでに生じる事もあります。この場合、話が深まらない現象そのものが、その方の抱えるテーマを反映していることもあります。

 話が深まらないことで生じる気持ちは人によって異なります。ある方は話せない自分に不甲斐なさや勇気のなさという自責的な気持ちを持ち、その場にいるカウンセラーに対して罪悪感を抱きます。またある方は深めないカウンセラーに対して不信感や怒りの気持ちを持ちます。そして、これらの気持ちは「話すことが分からない」と同様にカウンセリングの場を破壊する力を持ったものですので、よくよくその意味を考えなければなりません。

深まらないことの意味

 では、深まらないことの背景にはどのようなことが起きているのでしょうか。何種類か考えられますので見ていきましょう。

心理的抵抗の影響

 臨床心理学の創生期から指摘されているのがこの「抵抗」でしょう。簡単にまとめると、心の中にあることを話すことは関連した苦痛が同時に蘇ってきてしまうため、無意識のうちに感情を感じなくさせることや現実を歪めて捉えてしまう心の防衛機制を指す言葉です。フロイトの抑圧から始まり、その後、フロイトの娘のA.フロイトがこの防衛機制をより細かく分類をしています。さて、抵抗が働くと意識の上では自分のことを話そうと思っているのに、自分の中でもう一つの心の動きが生じてきます。それが「そんな辛いことは話したくない」という気持ちです。この動きがカウンセリングの話の深まりを遮ることになるのです。抵抗の仕方も様々で、思い出せないなどの反応もあれば、話そうとすると身体の不快感や症状が発現して話せないということも起こります。抵抗が強く生じている時は、心に触れることに遠慮しながらのやりとりとなりますので、どうしても話が深まりにくくなります。

カウンセラーとの関係性による影響

 次に、話したい材料は自分の中にあるのですが、カウンセリングの場で話題として取り扱えないということがあります。ここで考えることはカウンセラーとの関係です。カウンセラーに対してのネガティブな思いがあり話したくないという気持ちが働いていることがあるからです。このような気持ちを持つことは決して珍しいことではありません。なぜなら、カウンセラーは辛いことを話させる役割を担っており、時にその姿勢がプレッシャーや攻撃として感じられることがあるからです。そして、関係性が話の深まらなさと関連するのは、カウンセラーに対してのネガティブな思いに自覚がないためです。この場合は、話が深まらないことを話題とする必要があります。

 反対にカウンセラーに対してのポジティブな想いから話が深まらないこともあり、この場合はカウンセラーに対しての依存的な気持ちが動いていることが一つの可能性として考えられます。つまり、その場に座っていることで問題が解決されるという空想がどこかに働いており、空想の出所は幼い時の親子関係の反復か、あるいは得られなかった関係性を求める気持ちからでしょうか。ご本人は依存的な世界で心地良く感じていますので、話が深まらないことはあまり気にならないかもしれません。むしろ困っているのはカウンセラーの方という時もあります。

現実的な問題による影響

 心に触れるということは現実社会を生きるアクティブな気持ちからどこか距離を取ることが必要になります。カウンセリングの時間はスイッチを切り替えるように現実から離れることが出来れば理想的なのですが、生活の中で起こっていることが大きいと来室しても心に触れる姿勢に入りにくいことがあります。例えば、人間関係で大きな出来事が起きたとか、自分では予期せぬ悩みが生じて圧倒されているなどの場面が挙げられます。このような時は気持ちが上の空になってしまいますので、無理に心の中に入ろうとせず現実的な事柄に振り回される心境を話題にすれば良いでしょう。自分のことを考える時間で考えられない、考えさせて貰えないという出来事は、後々の重要なヒントを含む体験となることがあります。大切なことは自分が心を見つめられない程に外的要因に左右されている状態であることを自覚しておくことです。

進展しないことは仮初の安定期

 さてカウンセリングが深まらないということは、当初の来室目的を達成する歩みが進んでいないということです。果たして本当にそうでしょうか。ここまで見てきたように、深まらないことには意味がありました。つまり、カウンセリングが進もうとしているからこそ生じる事象であったはずです。そのように考えると深まらなさとは乗り越えなければいけない壁のようなものですし、この壁を超えた先に新しい視野が広がっているとも言えます。

 精神分析家のブリトン(R. Britton)は、自分の心を知るためには安定した状態になっていても、一度破壊して、精神病的な苦痛を伴うことが必要だと言っています。そして、これを繰り返すことが心理的な発展でもあると述べています。大事なのは今ある安定を壊したら自分が苦しい思いをするということを理解しながらも、壊す選択をするという信念であるということです。今回の話に当てはめれば深まらないという状況は停滞でありながら仮初の安定でもあります。しかし、目的を達成するには、その安定を一度壊さなければならず、そこに苦痛を伴います。今、自分がその苦痛を受け入れる気持ちがあるかどうかは考えてみるべき視点ではないでしょうか。

分からなさとの違い

 何を話せば良いかが分からないという悩みは、カウンセリングで話をする時の姿勢や考え方が焦点となっていました。一方で、話が深まらないという悩みは、個人の内面の事情に深く根差しています。そのように視点で眺めると、話が深まらないというカウンセリングルームで起きている現象が、人間関係や自身の性格の相談などの、当初の来室目的と密接に関わっていることは少なくありません。特に人間関係についてのご相談をしているのであれば、二人でいるのに話が深まらないという状況は丁寧に検証していく必要があります。

深まらない時の過ごし方は

 話が深まらない時に誰かと一緒に過ごすことは、多くの場合は苦痛を伴います。それは自然なことですが、日々の生活の中では曖昧にしてごまかす感情です。この気持ちを話題にすることはカウンセリングならではです。このような場面では話が深まっていないことをカウンセラーに伝えて頂いて構いません。そして、自分がこのことに対して感じている気持ちに想いを巡らせてみて下さい。さらに、このような場面が現実の対人場面で生じたことがあったか、その時どのように振る舞ったのかにも想いを巡らせて欲しいと思います。おそらく、そこには知らなかった自分の気持ちがありますし、この姿勢で深まらなさを扱えるようになっていれば、深まらないという悩みはすでになくなっているはずです。

参考

R. Britton(著)松木邦裕(訳)(2002). 信念と想像:精神分析のこころの探求. 金剛出版.

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