はじめに

 我々は誰かと出会い、その出会いから何かを得て新しい世界が拓けていくことが少なくありません。その相手は、恩師であったり友人であったり恋人であったりと人によって様々ですが、この人に出会って人生が良くも悪くも変わったなという相手を思い浮かべることができるのではないでしょうか。その出会いは時に人生が好転する転機となることがありますし、反対に破壊的で痛々しい関係の始まりであったりもします。

関係から距離を置く悩み

 他人と相互に影響しあって変化を重ねていくことは我々の日常であり、このやりとりを避けて通ることは難しいでしょうが、苦手意識があって一歩引いてしまう方はいらっしゃいます。人間関係そのものに興味を持たない方はあまり悩みとして自覚されないようですが、相手と近づきたい気持ちはあるのだけれど出来ないと感じている方は関係の深まりが得られず密かに悩んでいることがあるようです。

日常場面への影響

 他者との間での心理的・物理的距離の近づきを避けると、今現在の状態が維持されて、短期的には平穏した時間が保証されるはずです。しかし、長い目で見ると孤立や機会の喪失につながりますので不利益を被ることになるでしょう。特に孤立することによって生じる心身への影響は無視できるものではなく、日常にもたらされる影響は大きいと言えます(参考:孤独の苦しみへのカウンセリング)。

 また、心の距離が近づく不安を持っている方全員が、相手に対して回避的に振る舞うというわけでもありません。心理的には距離を取っていても物理的には密着した状態にある関係にDVや虐待があります。一方的な搾取の関係では、心が通じていなくとも物理的には近いところに身を置き相手に献身的に関わることがあります。この時には搾取者に近づく不安は排除されて見えない場所に置かれているはずです。

どのような気持ちが背景にはあるのか

 では、心の距離が近づくことを不安に感じる気持ちには、どのような背景があるのでしょうか。いくつか考えてみたいと思います。

自分を見せることの不安

 心の距離が近づくためには、相手を良く理解することと自分の内面をさらけ出すことがセットになります。お互いのことを良く分かっているからこそ、心の底にある気持ちが理解できるようになるのです。相互の理解が心が通じたという関係を成立させています。

 自分を見せることの不安は、自分の内面を見せる自己開示をすることへの構えであると考えられます。自己開示の抵抗が強くなれば、相手に理解されることはなく、結果として心の距離を近づけることが出来なくなります。

自己開示の失敗体験

 自己開示をすることをやめると人は心を閉ざすことになります。これは自閉的な世界に没入して内面に引きこもる動きと表現することが出来そうです。心を閉ざすきっかけは人それぞれでしょうが、そのうちの一つに自分のことを話したけれど「相手に分かってもらえた」という感覚が得られなかったことが挙げられます。つまり自己開示の失敗体験です。

 また、表面的には社交的に振る舞っていても本当の自分を見せることができない方もいらっしゃいますが、この方達もどこかで自己開示をして傷つく体験をしていることがあります。本当の自分を見せずに過ごしているため、他者との心の距離を詰められない感覚が持続しており、人間関係の不全感を抱え人知れずに悩んでいることもあるのです。

失敗体験とは

 自己開示の失敗体験は幼少の時より積み重ねられるものです。例えば自分の本心やありのままの姿を保護者に受け入れてもらえなかったことや、友人に思いの丈を打ち明けたのに批判されて理解を得られなかったというエピソードがあれば、自己開示をすることの抵抗が心の底に根付くでしょう。自分の心は相手に分かってもらえないんだという気持ちと、これ以上傷付くことのないようにしようという思いから、自身の内面にこもることになります。

変化への不安

 次に変化することへの不安という視点でも考えてみたいと思います。先程は自己開示の失敗によって自分の内面に没入する動きが生じるという話でした。しかし、不安のきっかけとなる出来事は必ずしもネガティブなものだけではありません。

 ホームズとレイは、結婚や昇進などの幸福な出来事でも相応のストレスがあることを指摘しています(1967)。生活が変われば人との関係にも変化が生じることは常です。たとえ楽しく幸せな出来事であっても新しい人間関係が生まれたり人との接し方が変化することは、心の距離が縮まることを苦手とする方には負担となります。

被害的に受け止めてしまう気持ち

 人との距離が近づくことで自分に何らかの危害を加えられるのではないかという気持ちが働くこともあります。これは迫害不安と呼ばれるもので、相手の攻撃的な気持ちが自分に向いてくるのではと懸念する気持ちであり、人と心を結ぶ上で大きな弊害になるものです。極端になれば妄想的な思考を伴い、相手と近づくことに大きな恐怖を伴うことになります。

 たとえ好意からであったとしても、相手が本音を語り自分に近づいていくること自体が不安の源泉となるため人間関係の構築は非常に負担の大きいものとなります。結果、相手との心の距離はますます開いていくことになります。このような背景を抱えて悩んでいる場合は、自分の姿勢や考え方について振り返り、何らかの変化を試みることが必要になります。

ナルシシズムの問題

 先程、自閉的になり引きこもることが他人と心の距離を近づける弊害になると記述してきました。この背景にある気持ちがナルシシズムです。フロイトは『ナルシシズム入門(1914)』の中で他者との関わりによってリビドーが枯渇したのちに生じる「二次的ナルシシズム」という状態を指摘していました。これは、生きるためにこれ以上リビドーが漏れ出ないように内面に篭って自分を守る反応です。人との距離が近づくことに不安を感じるのであれば、人間関係に疲れて心を守ろうする動きがないかを考えてみても良いかも知れません。 

自閉スペクトラム症との関連

 発達障害の一つである自閉スペクトラム症(ASD)を抱える方では、人との距離が近づくことで心の平穏が乱されることがあります。これまで述べてきた傾向もお持ちでしょうし、二次障害として対人関係上での敏感さが身に付いたということもあるでしょう。また、対人場面でのスキルを習得することの苦手さを根底に持っていることがASDの特徴ですから、人との関係の持ち方を具体的に学ぶことで負担を軽くすることが可能なこともあります。そのような背景を考えると、ASDの方の心が近づく不安は、また別の要素が影響する悩みであると言えそうです。

おわりに

 他者との心の距離が近づくことを苦手とする心模様を描写してきました。自己開示の失敗体験、変化への不安、被害的に受け止めてしまう姿勢の3つを挙げています。もし、このような気持ちを抱えて身動きが取れないのであれば、この悩みを手放すための落とし所を探していくことが必要かと思われます。

参考

  • S.Freud (著), 懸田 克躬 (翻訳)(1969). フロイト著作集 5 性欲論・症例研究. 人文書院, pp109-132.
  • Holmes, T. H., and Rahe, R. H. “The Social Readjustment Rating Scale.” Journal of Psychosomatic Research, 1967, 11, 213–218.