はじめに

 悩みについての相談が進んでいくと話は心の深い部分に触れる事になります。苦しい気持ちや見たくない気持ちを振り返るわけですから、時に大きな苦痛を伴うこともあるでしょう。そのような時にはカウンセリングの時間の意味をどのように考え過ごせば良いのでしょうか。

辛い気持ちとはどんなものか

 カウンセリングを開始する背景に多くの方が何らかの傷付き体験をお持ちであると思います。直接的な外傷体験や喪失体験はもちろん、家族のことや自分の人生の相談であってもそこには上手くできないという広い意味での挫折や傷付きの体験があるはずです。それは生々しく思い出したないエピソードでもありますが、心理療法の中には過去を振り返って現在の状況との関連を考える視点を持つものが少なくありませんし、振り返りを避けることで傷つきが長期間に渡る恐れがあることも否定できません。そのため、辛い気持ちを見るという時間は越えなければならない山であったりもします。

 この時間は言い方を変えると傷付いた当時に戻って再体験をするということです。再体験の仕方は人それぞれでしょうが、出来事の想起のみでは済まず、五感や思考、感情などを当時と同じように感じることもありますので、まさに過去に戻るという表現が適切です。体験の仕方の程度は人それぞれですが、悩みの背景に耐え難い過去をお持ちの方もいらっしゃいますので、辛い気持ちが蘇ることはまさに自分が崩れ落ちるような恐怖を感じることもあります。

両価的な気持ちは当然の反応

 多くの方はカウンセリングを開始する時には自分の抱えている悩みを全て取り除きたいと考えているでしょう。そして、辛いことは分かっているけど、そのことについて考えようという気持ちを持っているはずです。しかし、進展するに従って見えてくる過去と揺さぶられる激しい情緒に圧倒され、考えたくない、見たくないという気持ちが湧いてきます。このように相反する想いが自分の内面にある状態は当然の反応です。カウンセリング開始前にはこれ程の辛い気持ちを感じる事になるとは思っていなかったと思う方も多いことでしょう。実は悩みの内容や心の深層を検討する前に、この両価的な気持ちを話題にすることが大切だったりします。

カウンセリングの間に感じる緊張をどう扱うか

 カウンセリング前日に明日のことを考えて気が重くなってしまったり、目が冴えてしまうと仰る方もいます。随分と緊張が高まっていますが、それだけカウンセリングが進んでいる証拠でもあります。この緊張感はカウンセラーに必ず伝えておいて欲しい気持ちです。また、余裕があればこの緊張感はどのようなことを考えると湧いてくるのか、緊張を感じながら何を連想しているのかを振り返っておき、翌日話題にできると自己理解につながります。辛かった事実を思い出してしまうのか、カウンセラーに会うことに抵抗があるのか、カウンセリングに向かう道中が辛いのかなど。これらの感じ方は辛い体験がどのような形で蘇っているのかを知るためのヒントにもなります。

ワークスルーという考え方

 さて、臨床心理学にはワークスルーという言葉があります。これは悩みが解決されるまでとにかく繰り返し繰り返し検討を続けることです。馬場(1999)がこの事について分かりやすく記載しており、良くなったと思っても必ずぶり返しが起こると表現しています。そして螺旋階段を登るように何度も何度も同じ景色(=辛い体験)を見ることになるということです。辛い気持ちが蘇ることはカウンセリングの中で幾度か繰り返すであろうことは心に留めておく必要があるかも知れません。

どうしても辛い時はとにかく通うことを目標に

 さて、辛くて耐えられない時に約束のキャンセルをしてしまうこともあるかと思います。勿論、お越し頂きたいのですが、どうしても来るのが辛い時や、あるいは恐怖の気持ちがある時には身足が動かないこともあるでしょう。意識して頂きたいことはキャンセルをしてしまっても次回は行けるように頑張ってみてください。おそらく辛い体験を感じている最中にカウンセリングそのものを中断してしまうことは最も苦しさが残る選択になります。先程の例で言えば、辛い時こそ、螺旋階段を登って見える景色を変える必要があるのです。

カウンセリングの見直し

 もしも辛い体験があまりにも長く続く時には、今行われているカウンセリングの視点が適切かどうかということを検討する必要があります。心が十分に元気を取り戻していないうちに辛い体験に投げ込まれたり、直接的な解釈が繰り返される心理療法が選択されているとすれば時期尚早という可能性もあります。「今は耐えられそうにない」とか「この話はもう少ししたい」などの言葉は遠慮なく担当カウンセラーに言って頂いた方が良いかと思います。

タイミングを見計らうこと

 心を知る上で辛い気持ちを再体験することは必然でもあります。それは自分の中に必ず黒く受け入れがたい部分があるのが人間ですから、本当の意味で自己理解をするためには触れざるを得ないのです。しかし、大事なのはタイミングを考えることです。心が今耐えられるか、自分の黒い部分に触れる時期は今なのだろうかなどです。また、辛い体験の只中にいる時にも、今カウンセリングを辞めてしまっていいのだろうかというタイミングを考えることが必要でしょう。あなたの担当カウンセラーがタイミングを助言するペースメーカーになっていれば、きっと辛い体験を乗り越えることが出来るはずです。

参考

・馬場禮子(1999). 精神分析的心理療法の実践―クライエントに出会う前に. 岩崎学術出版.

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