はじめに

 カウンセリングでは着席してすぐに話始める方ばかりではありません。何を話せば良いのか困惑する方も多くいらっしゃいますし、その悩みを直接、カウンセラーに尋ねる方もいらっしゃいます。今回はこの悩みについて考えたいと思います。

悩みが持つ意味

 カウンセリングを利用されているということは何らかの悩みや症状を抱えて、そのことを相談したいという気持ちから始まっているはずです。それにも関わらず何を話せば良いのか分からないという状況が生じる訳ですが、この悩みはカウンセリングの進捗状況によって意味合いが異なります。ここでは初期、中期、後期の3期に分けてその違いを見ていきます。

初期

 カウンセリングが始まった初期に何を話せば良いのか分からないと悩んでいるのであれば、それは、自身の相談事に対してどのような視点から見ていけば良いのか分からないということを仰っているのだと思います。このような場合はカウンセラーにそのことを伝えて、どの点から考えていけば良いのかということを聞いてみた方が良いかもしれません。あるいは心と向き合う姿勢をレクチャーしてもらっても良いと思います。

 カウンセリングに来たきっかけが症状や悩みの除去ではなく、自分のことを知りたいなどの目的の場合は精神分析的心理療法を行っている方が多いでしょう。このような目的の時にはカウンセラーに答えを求めるのではなく、この分からなさにしばし漂ってみる必要があります。分からないという悩みそのものが、カウンセラーとの間に生じている転移現象や、外傷体験に関連した連想が動いている可能性があるからです。

参考:カウンセリングの過ごし方⑤・初期

中期

 中期というのはカウンセリングが煮詰まる時期でもあります。状況や課題は整理された。でも、そこからどうしていけば良いのかが分からないという時期です。そして、この時期が一番長く続きます。この時期の分からなさは現実的な話を話尽くし、それでも変化がないという事情が背景にあります。しかし、ある意味ではここからがカウンセリングの本番のようにも思います。今までの価値観や考え方で語ってきたのが初期であったとしたら、中期では今までとは異なる視点を創造することが求められます。しかし、人間はそうそう持っている枠組みを変えることは出来ません。もう話した、そしてこれは当然で仕方ないこと、だから、これ以上は何を話せば良いのか分からないという停滞を引き起こすのがこの枠組みです。「これは考えても仕方ない」「前に話した」という内容について、もう一度取り上げ、この視点は本当に妥当なのか他の視点はあるのだろうかと検証してみても良いでしょう。グルグルと自分の中を巡回して歩くのです。

 同じく、精神分析的心理療法を行っているのであれば、中期はカウンセラーとの関係が深まり情緒の動きが活発になっている時期だと思います。ビオンを例にとって考えてみましょう。彼は「L(愛情)」「H(憎しみ)」という分析の中で動く情緒を指摘しています。これらの情緒が動いているのに話すことが分からないと悩むのであれば、カウンセラーへの転移が活発に動いているはずですなので、カウンセラーやカウンセリングに感じていることから話題にしていくと良いと思います。しかし、「K(知ること)」が十分に機能せずに話すことが分からない(=「ノーK(知りたくない)」「マイナスK(嘘で覆い尽くしたい)」)という状況に立っていることもあります。この場合は長い停滞を呼び起こしますし、何を話せば良いか分からないという悩みとしばらく付き合う必要があるでしょう。

参考:カウンセリングの過ごし方⑥・中期

後期

 後期で何を話せば良いのか分からないと悩むのならば、おそらく当初の来室目的が達成されたことから来るものと思われます。なので話すことが分からないという悩みは、悩みではなく達成感となっていることでしょう。そろそろカウンセリングの終結を考えても良い頃です。カウンセラーの意向も聞いて見てください。

 この時期はカウンセラーあるいは分析家がいなくても大丈夫という気持ちになっているはずです。話すことが分からないという感覚は「話さなくても分かっているはず」という信頼であり、安心の土台が出来上がったということでしょう。

参考:カウンセリングの過ごし方⑦・後期

カウンセラーはどのように考えているのか

 カウンセリングの基本スタイルは「自由にお話ください」とお伝えして、相談者の方の思いつくままにお話をして頂きます。そして時折カウンセラーが口を挟みます。これは、相談者の方の語りの中に無意識の部分が含まれており、この部分へと気付くことが悩みの解決や自己理解につながるという考え方です。日本ではロジャースの影響が強く、このスタイルはポピュラーなものですが、全てのご相談に対して、このやり方が正しいわけではありません。相談者が道が見えない森の中で佇んでいれば、カウンセラーは解釈という形で相談者の方の無意識へ至る道を整えますし、全く別の方向に進もうとしていれば、不合理で破滅的な考え方を嗜めることもあります。

 つまり、何を話せば良いのか分からないという局面では、自由に話すということが難しい状況になっていることがありますので、カウンセラーもカウンセリングの方針を見直すことになります。この分からなさが意味のある事なのかどうなのか、分からなさに浸っていて良いものかどうか。そのため「何を話せば良いのか分からない」という申し出は大切でありがたいものであると感じます。

分からないことの意味

 これまで、話すことが分からない気持ちをカウンセラーに伝える。分からないことには意味があると書いてきました。では、どのような意味があるのか。少し書いてみたいと思います。我々心理職は物事の核心に迫ると心理的抵抗が強くなり、その核心に触れることが難しくなっていくと考えます。話すことが分からないというのは、この抵抗が生じている可能性が考えられます。次に、カウンセリングという場の役割を十分に理解していないということも考えられます。カウンセリングでの会話は日常生活のそれとは異なります。二人で会話をしつつも相手を気遣う必要がないのです。話すことが分からないと仰る方の中には日常の在り方をそのまま持ち込んでいる方も見受けられます。社会的には悪いことではないのですが、日常通りの振る舞いをすることが心に触れたくないという防衛(ノーK)になっている可能性もあるので注意が必要でしょう。

話すことが分からないことの苦痛

 時間を作って来たのに話すことがない。お金を払っているのに話すことがないというのは大きな苦痛を伴います。何も手掛かりをくれないカウンセラーに怒りを覚えることもあるでしょうし、自分のことなのに十分に話せないという自分自身に批判的な気持ちを持つこともあるかもしれません。この苦痛な気持ちは時にカウンセリングをやめるという破壊性を伴うものであり、そこには苦痛を吐き出して楽になりたいという気持ちが働いています。

 さらに、この苦しい状況は多くの場合はすぐに抜け出すことが出来ません。しばらく苦痛に耐えながら心を眺める作業が必要になります。ある程度の時期が経つと、この時間の意味が見出されるはずです。そのためにもカウンセリングは1回1回のセッションで結果を求めるのではなく、ある一定の期間を要するものだと思って頂くことが必要になります。

参考

松木邦裕(2009).精神分析体験:ビオンの宇宙―対象関係論を学ぶ 立志編, 岩崎学術出版社.

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