はじめに

 カウンセリングで話をする際に事前に紙に内容をまとめてお持ち下さったり、話をしながらメモを取られる方がいらっしゃいます。また、録音をしたいという申し出を受けることも稀にあります。これらの方法が全く悪いということはないのですが、心を扱う上でのデメリットが生じることを理解しておく必要があります。

リマインダーとしてメモを活用すること

 日常生活で大切なことをメモに残すことは普通のことですし、即座にメモ帳に書き留める習慣が身についている人も少なくありません。しかし、なんでもかんでも書き留めているとメモ魔と呼ばれることがあり、この在り方には強迫的な態度が含まれていることに留意しておく必要があります。

 メモを見て「あぁ、あの話か…」と頭の中に記憶の断片が蘇って、以降は自分の言葉でお話ができるようであればメモをツールとして有効に活用できています。記憶を思い出すきっかけとなる媒体をリマインダーと言いますが、この場合はメモをリマインダーとして上手に使えていることになります。しかし、メモを読み上げるだけで頭の中に何も浮かんでこなかったり、メモをまとめることが目的になって、見ながらでないと言葉を選べないことが起こっているとしたら、リマインダーとして活用できていないばかりか、自由な思考が制限されるデメリットが前面に現れているサインです。

メモを書くことで表面的な情報になる

 一般的にカウンセリングは議題を用意して話を詰めていくことはしません。ビジネスの場などでは尊ばれる姿勢ですが、心を見る作業ではむしろマイナスに作用することすらあります。そもそも、このような実務的かつ合理的な思考を一通り巡らせてみても悩みが解決しなかった方がカウンセリングを利用されることは少なくありません。最初に議題を用意する姿勢とは異なる態度を持つことが求められているのです。

 メモを書くことで話題や感情は全て言語情報に置き換えられます。この過程で情緒は幾分か切り落とされてスッキリとした収まりの良い情報として筆記されます。しかし、この収まりの良い情報というのが厄介で、自分の気持ちや体験から離れて一般的で表面的な表現に留めてしまう側面があるのです。

 実際に書いてきたメモや書類を拝見すると、読み手には大変さが伝わってこず、口頭でお話をして頂いて初めて「それは、とんでもない状況だ」と感じることもあります。これが自分の心を見る上で、筆記による表現では限界があることを表しています。

自分を守る方法として

 上述のデメリットをあえて活用している方に出会うこともあります。メモを取ることによって体験を遠くし、不安から距離を取る方法を用いている方です。例えば、自分の激しい気持ちを抑えようとする試みや、情動をコントロールしようとするなどの意図が考えられます。あるいは自分が見えないからこそ一般的な言葉でひとまずの理解を得ようとする方もいらっしゃるでしょう。

 誰かに迷惑をかけることなく自分を保とうとする工夫であり、その意味では日常生活を適応的に機能するための良いやり方なのかもしれません。しかし、メモが書き留めて「置く」ためのものとなっているこれらの態度は、いざ心の悩みについて話題にする時に自分の言葉で語ることを難しくすることがあるようです。

参考:心を知るために必要な姿勢

伝達係の役割を担っている場合

 カウンセラーと話した内容をパートナーや保護者に伝えるためにメモを取ったり、また第三者から事前に指示書のようにメモを渡されて、面接の場で読み上げながら確認する方にお会いすることもあります。当人は人間関係を維持する目的ではあるのでしょうが、多くの場合は時間だけが過ぎていき話は深まりません。理由はカウンセリングの前提となる当人の感情の揺れ動きが生じてこないからです。メモを脇に置き、自分がなぜ伝達係を担っているのかということに目を向けていくとこの状況は変わっていきます。

カウンセラーへの不信

 カウンセラーに信頼を置けなかったり、傷付けられないかを心配するあまり後の保険としてメモや録音を残したいと思う方もいらっしゃるでしょう。もし、このような気持ちが湧くのであれば記録に残すことに努める前に、このカウンセリングを続けるのかを考えた方が良いのではないかと思います。

 すると、不信感を持ちながらも関係を切ることができないと気付く方もいらっしゃるでしょう。傷付けられるかもと思いながらも離れられない人間関係の持ち様が見えてきます。過去の傷付けられた体験をカウンセラーとの間で修正しようと耐える前向きな不信感なのか、マゾヒスティックな在り方が作動して、いつものパターンを繰り返しているだけなのか、などを考えていけると良いでしょう。

 カウンセラーとしては不信感を直接言ってもらえるのが一番ありがたいのですが、伝えられない関係というのは何か重要なことが動いていることは間違いありません。

カウンセリングでメモをどのように用いるか

 とはいえ、メモを取りたい方もいらっしゃるでしょう。カウンセリングの中でメモをどのように活用していくのが良いかをご紹介します。

インテーク面接とメモ

 インテーク面接の時に今までの経緯を丁寧にまとめて持参くださる方がいらっしゃいます。インテーク面接では事実関係を確認することが目的ですので書面にまとめて頂けることはありがたい時もあるのですが、何枚もご用意頂くと確認するだけで終わってしまいます。肝心の心についてのお話が十分に出来なくなりますので、これでは本末転倒です。

 事前にまとめておく方が話しやすい方でも、箇条書きで多くてもA4で1枚程度がインテーク面接での実りは多いかなと思います。逆にそれ以上になってしまう場合は思考がまとまっていない証拠であり、メモにすることでかえって面接の時間が活かせなくなると思いますので、むしろ手ブラでお越し頂き自由にお話しされた方が良いはずです。

参考:カウンセリングの過ごし方3・インテーク面接

継続カウンセリングでのメモの扱い

 毎週起こったことや話したいことをメモに書き留めておいて、カウンセリングの場ではメモ帳やスマホを見ながらお話をされる方もいます。これも思い出す方法としては有用でしょう。しかし、やはりメモが詳細ですと内容の確認で時間が過ぎてしまったり、メモに書いてあることをカウンセラーに一問一答式で尋ねることになってしまう方もいらっしゃいます。チラッと見てその後はメモを伏せることが出来れば書き留めておくことも良いですが、確認や検索の時間がかかるのであれば、リマインダーとしての機能を果たせていませんので、メモを取らずにお越し頂いた方が良いでしょう。

終了後のメモ

 カウンセリングのセッションが終わってその日の日記のように書き留めておくことは有用だと思います。カウンセリングでどのようなことを話したかに加えて、どう感じたかも書いておけると良いでしょう。しかし、ここでも書き留めて「置く」になっていないかに注意を払っておく必要があります。置いてしまう側面が強ければ、面接で生じた生々しい気持ちを捨てるためにメモを取っていることになります。

録音について

 録音については全面的にお勧めをしません。というのも録音することで自分の言動に意識が向き、自由に語るという前提が損なわれてしまいます。上述の議題に沿った会話に陥ってしまう可能性が強くなるでしょう。また、二人の関係という暗黙の約束が崩れてしまうことで、場に第三者の存在を感じるようになります。すると、カウンセラー側も心理療法の提供が十分に出来なくなりますので、結果として相談者の不利益となります。

 なお、当ルームでは録音を全面的に禁止しております。発覚した場合はカウンセリンングの終了も検討させて頂くことになりますのでご注意ください。

おわりに

 メモを取るということそれ自体が、心に触れることにワンクッションを挟む作業であるということが皆様に伝われば嬉しく思います。メモを取ることが心を安定させるための手段となっている場合は即座に中止することが難しいかもしれません。しかし、心の変化に時間をかけて取り組むお気持ちがおありでしたら、メモの意味を考え、どこかでメモから離れることを試みた方が良いでしょう。

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