はじめに

 我々は多くの方と日々関わりを持ちながら暮らしており、やりとりの上では、それぞれに一様にスポットを向けて話すことが暗黙の了解として求められています。しかし、中には会話の主導権を握ろうとしたり、他の人の話に耳を傾けることが出来ない方もいらっしゃいます。ここにはマナーの話だけではなく、その人なりの事情があったりもするのですが、今回はこのことをテーマとして考えたいと思います。

注目を得たい気持ちの発達

 さて、注目を得たいという気持ちそのものは決しておかしな気持ちではありません。幼児さんを見ると自分の行動に周りが興味を持って関わってくれることを大変喜びます。大人になるとそこまで分かりやすい反応は出来ませんが、それでも人間の中には人に関わってほしい気持ちが普遍的なものとして存在するのではないでしょうか。大人になるに従って注目を得たい気持ちと社会活動との折り合いをつけていく作業をしているのでしょう。特に学齢期になれば集団生活のマナーとして適度な自己主張を学ぶことになり、この過程で自分に注目が向いていない時でも、他者が自分のことを気にかけてくれていると確信が持てるようになります。

 関連した事柄でボウルビィ(J. Bowlby)の理論が大切な指摘をしています。母親の温かいイメージが内在化されることで、実際に母親がいなくても自分は気にかけられていると思えるようになるということです。ここには、自分がいることを大きな声で示して注目を得ようとしなくとも、繋がっているという実感を持てることを意味します。(参考:愛着障害の背景と影響について

注目を集めることの目的

 そもそも、注目を得たいという気持ちは何を目的としているのでしょうか。固い言葉で言えば承認欲求とでも言うのでしょうが、もう少し噛み砕くと自分の行動に対する保証が欲しい、間違っていないと安心したいという気持ちです。人の話を聞かずに自分の話を被せてしまう時も、そこに相手への攻撃的な意図がないのであれば、やはり自分の主張(=存在)を認めてもらい安心したいという気持ちが強く働いているように思います。もう少し論を進めれば、自分の中で自分自身への確信や信念を持てなければ、他者によって保証を得る必要があるということです。

注目を集めるための方法

 注目を集めるための方法にはいくつかの方向性があるように思います。一つは楽しい事柄や衝撃的な情報などを場に出して自分が場の中心となる方法です。保育園時代から始まり大人になっても場の中心となる人物はいます。そのような方々は場を楽しませたり、生産的なやりとりへと導くことに長けています。背景にはご本人の注目を集めたい気持ちが動いていることもありますが、これは健康的な気持ちの処理の仕方でしょう。

 心配なのが、ネガティブな気持ちを用いて注目を集めることです。「落ち込んでいて」「身体が調子悪くて」と頻繁に口にする方がいます。周りは心配して注目するわけですが、ここで動いている気持ちは甘えたい、優しくして欲しいとやや自分本位な気持ちが動いています。ミュンヒハウゼン症候群や一部の自傷行為にこのような傾向が見受けられます。長期的には周りが辟易としていきますので、ご本人の注目を集めたい欲求はいつか満たされなくなります。

SNSの戦略と悩み

 昨今のSNSは人間のこのような気持ちを巧みに利用しています。「いいね」の数で一気一憂しますし、なかには注目を集めるためには徐々に過激なコメントへと発展する方も出てきます。過激なコメントは当初は周りの注意を引きますが、長期的には称賛が得られなくなっていきます。

注目を求める苦しみ

 先程、少し触れてしまいましたが、注目を求めることの苦しみは自分の中で自分の存在や考えに確信が持てないことだと考えられます。それは一人でいる時の孤独感や空虚感を埋めようとする努力でもあるのです。ただし、時にこれが過度に現れてしまうことがあります。冒頭のように会話の主導権を握ろうとしてマナーを破れば人間関係がギクシャクしますし、心身の調子の悪さを訴え続けていればやはり他人は徐々に距離をとっていきます。自傷行為などによって注目を集めるのであれば、注目を集めることと心の痛みがセットになっているわけですから、その苦しみは決して無視できるものではないでしょう。

演技性パーソナリティ障害との関連

 さて、注目を求めるというテーマですと、触れざるを得ないのが演技性パーソナリティ障害(以下、HPD)です。上記の例に挙げた特徴が更に極端に現れて、そのことが社会生活や人間関係上の顕著な不適応へと繋がっている場合に診断されます。自分の安心感や保証を得るために他者を道具のように扱ってしまう様子や、自分に注目が集まらなかったり否定された時に抑鬱を伴う程の揺れが生じるなどの極端な反応が特徴です。これらの特徴は他者から自分勝手という指摘を受けることになります。

 また注目を集める方法も、派手なパフォーマンスやわざとらしい情緒表現を用いる様子が目立ちます。話題の選択も特定の個人への過度な攻撃や性的なテーマなど、人の根源的な欲求に近い話題が選択されやすくなります。

カウンセリングでは

 このような悩みを持つ方はカウンセリングの利用を好意的に捉えてくれることが多いように感じます。なぜならカウンセリングそのものが注目を受ける好意なので、ご本人の欲求を満たすことに繋がりやすいという側面があるからでしょう。しかし、カウンセリングの進展という意味では一つのハードルがあります。それは、会話によって自己理解を深めていくという目的が達成されずに欲求充足の場となる可能性があることです。また、状況に応じて自分の中にある否定的な気持ちが話題に上がることになりますが、このような気持ちに触れることが自分の安心を脅かされたと感じられることもあり、カウンセリングへの不信感へと繋がることも注意すべき点です。

 実際にカウンセリングで自己理解を目指すのであれば、まずは注目を集めることの意味をよく考えることです。今回の記事のような心の背景に動いているものを知識として理解をしておいた方が良いでしょう。その準備を行った上で自分の気持ちに触れていくほうが、カウンセリングへの不信による中断を招きにくくなるように思います。

参考

・J. Bowlby(著), 黒田実郎(訳)(1976). 母子関係の理論-1愛着行動. 岩崎学術出版.

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