はじめに

 解離という言葉はどの程度認知されているのでしょうか。DSM-5を確認すると解離とは「a)主観的体験の連続性喪失を伴った、意識と行動へ意図せずに生じる侵入」「b)通常は容易であるはずの情報の利用や精神機能の制御不能」と定義されています。多くの場合は過度なストレスにさらされた時に心の一部を切り離して身を守るための防衛機能ですが、正常な反応として生じる場合もあり、幅の広い心の現象とも言えます。

分類

 DSM-5では解離に基づく疾患を以下のように分類しています。

    1. 解離性同一症/解離性同一性障害
    2. 解離性健忘
    3. 離人感・現実感消失症/離人感・現実感消失障害
    4. 他の特定される解離症/他の特定される解離性障害
    5. 特定不能の解離症/特定不能の解離性障害

 解離の項目に共通することは、意識や感覚・記憶が自分の支配から離れて自分の物として感じられなくなる状態を指します。1.~3.についてはもう少し詳しく記載しておきます。

1.解離性同一症/解離性同一性障害

 解離を背景とする症状の中ではもっとも重症の症状となります。自分の中に複数の人格を形成し、かつ人格間で情報の行き来が生じないために、記憶の断絶や自分の思考や身体の不確かさを強烈に体験します。その背景には凄惨なトラウマ体験を持っていることが多く、小児期に虐待を受けていた方が90%を占めるという報告もあります。

2.解離性健忘

 代表的なものは限局性健忘、選択的健忘、全般性健忘に分かれます。限局性健忘はある特定の期間の記憶が、選択的健忘では、特定期間の部分的な記憶が想起できなくなります。全般性健忘は自分の名前も含めて自身に関係する事柄の全てを想起できなくなります。他にも特定領域の記憶を失う(系統的健忘)、新しい出来事を体験しても即座に忘れてしまう(持続性健忘)などの症状もあるようです。このような物忘れでは済まない忘却が生じれば、日常生活に支障が出ることは容易に想像ができるでしょう。

3.離人感・現実感消失症/離人感・現実感消失障害

 上記の2つは記憶の欠損という共通事項がありましたが、離人感では記憶が比較的保たれています。しかし、そこに生きた情緒が伴わないことが特徴です。痛い、怖い、悲しいなどの感情や、自分の意思という主体性が損なわれてしまいます。自分という存在を現実のものとして感じられずに遠い存在として体験されるため、希薄で消えてしまいそうな自分を常に感じることになります。

日常的な解離

 「解離性同一性症」は通称「多重人格」とも呼ばれ、多くの作品のテーマとして扱われてきました。そのイメージからか、「解離」は非常に重篤で我々の生活から遠い場所にあるものとして捉えられることが多いように思います。しかし、解離とはもっと身近でも生じるものです。例えば、ふと気持ちが上の空となり、言われたことを覚えていないことや、多忙な中でどのように過ごしたかを実感を伴って思い出せないなどの反応は誰もが経験をする可能性があります。例えば受験生で受験勉強を頑張っていたのは覚えているが、鮮明に思い出せないという反応は決して珍しいものではなく、また世間一般でも違和感を覚える程のものではないはずです。

日常と非日常の境目はどこか

 所属する社会の中で許容されている範囲を超えていないことが一般的な反応と症状の境目です。例えば、日本古来の宗教では死者の魂などを自分に憑依させるものがあります。憑依された霊能力者などはこの時の記憶を鮮明には覚えていないでしょうから、これは解離現象と言えますが、社会の中では尊い儀式であるため問題とはなりません。先の受験生の例も同様です。

どこからが症状となるのか

 社会的に許容されていることは安心感にもつながります。症状としての解離ではご本人が苦痛を感じているはずです。この苦痛とは日常生活に支障が出ることや、同一性が得られず自分の存在に実感が持てないことが挙げられます。解離性同一性症について言えば70%以上の方が自殺を試みたことがあるということですが、この数字が症状としての解離の苦しさを物語っているのではないでしょうか。

原因とメカニズム

 ここからは、症状としての解離に絞ってお話をさせて頂きます。解離につながる過度なストレスは虐待やレイプ被害、戦争体験など、死を連想させるものが多いでしょう。その過程で人間としての尊厳が徹底的に破壊されています。抗うことも難しい中での最後の手段として、自分を断片化して、絶望的な気持ちが広がらないようにしています。被虐待児が虐待している自分を外から客観的に見ていると表現することがありますが、これは、辛い自分の部分を切り離して健康な自分の部分まで壊されないようにしていることを示しています。他の部分に炎症が広がることを抑えているわけです。

現実的な問題

 このような切り離しをすることで起こる問題は、自分の中に自分も知らない部分が出来てしまうことです。幼少期からの歴史が一連の流れとして捉えられないことは、自分とは何者かという疑問を常に抱えることになり、空虚感、抑うつ感、自尊感情の低下などをもたらします。そして、この感覚は他者に心を開けない孤独感や、一貫しない思考で叱責を受けることなどにもつながります。また、過度のストレスはPTSDを引き起こすことにもなりますので、フラッシュバック体験や恥の意識、衝動性などの悩みも併存することが多いです(参考:複雑性PTSD概念の導入にあたって)。

解離のカウンセリング

目標

 解離のカウンセリングの理想的な目標は断片化された自分をまとめあげて統合することとなります。人格が分かれているのであれば一人にまとまること、健忘が続くのであれば忘れないように保持し続けられるようになることです。しかし、多くの場合、この過程には想像を絶する苦しみが伴います。そのため、理想的な目標ではありますが現実的ではない場合も少なくありません。

痛みに気付くこと

 解離症状を抱える方は、しばしば自分の身に起こっていることの重大さを理解できていないことがあります。理解することは自分の辛かった体験を思い出すことですし、苦痛を抱え続けることを苦手とするのがそもそもの解離の反応でもあるからです。最初の目標設定はここでしょう。自分が大変な状況に置かれていることを過少評価せずに捉えられるようになることがはじめの一歩となります。これは、自分のために泣けるようになるということです。

自分の体験を取り戻すこと

 この気付きの後に自分の辛かった体験を思い出して自分の物にしていく過程が続きます。しかし、この課題に取り組むかどうかは十分に考えてから決断する方が良いように思います。なぜなら、体験の想起はかろうじてバランスをとっている今の自分を激しく揺さぶることとなり、世界が壊れる体験として知覚される程に強烈なものとなるからです。このことを扱うかどうかはカウンセラーとしっかりと話し合いを行うことが必要となるでしょう。

おわりに

 解離の苦しさは、自分の思考や記憶・感覚を自分のものにできないことにあります。そこから見える世界はどこか色褪せており、生きる意味や希望を失うのに十分な力を持つものです。解離症状に悩む方の多くが、強烈な怒りを社会に対して持っているはずですが、それすらにもアクセスできない方もいらっしゃいます。自分の物を取り返すという過程が解離の方の人生のテーマの一つとなることは間違いないように思います。

参考

・日本精神神経学会(監修)(2014). DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院.