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はじめに
失敗することは誰でも恐いものですが、恐れが過度になることによって人生の大切な機会を逃してしまう方にお会いすることがあります。そこには単なる自信のなさでは済まない気持ちが働いているようです。
本コラムでは失敗を過度に恐れる気持ちと、当事者の悩みへの理解を深めていくことを目的としています。
失敗が生じる場面が適切か
人は生きていく中で多くの困難と出会います。時に大きな責任を伴うものや自分の評価を決定付けてしまうような場面もあり、このような場面で恐れを抱くことは当然のことなのかもしれません。前者では大口案件の仕事や会社や家族の運命を左右する場面、後者では大切な試験や一度失敗したことを挽回する場面などを挙げることが出来そうです(参考:責任を重荷に感じる人へのカウンセリング)。
しかし、上述のような誰でも恐れる気持ちを抱く場面だけではなく、客観的には大した事ではない場面でも戸惑い、避けようとするのであれば、失敗を恐れる気持ちが強いと言えます。このような悩みを抱えているのなら、社会適応に影響が出ていると言って良いのではないでしょうか。
決断の困難
どんな些細なことであっても、私たちは決断をしながら過ごしています。例えば今日の夕食を何にしようかとか、明日の会食の服装をどうしようという選択は自分で決めなければいけません。しかし、失敗を恐れる気持ちが大きくなると決断に多大な勇気が必要になり、人生の重大決定を行う程の覚悟を要するようです。そのような心持ちがあると、思考も行動も先に進めなくなる心境は分からなくはないでしょう。
失敗を恐れることは決断することの困難とセットになりやすいことは知っておいて欲しい事柄です。
現実適応の負担
失敗を恐れる悩みによって、様々な場面で上手くいかないことが増えることが想像できるのではないでしょうか。いくつかの項目に分けて考えてみたいと思います。
社会生活
例えば受験や就職などの人生の岐路に立たされる場面は、決断のプレッシャーと将来の不安が重なります。仮にこの岐路を通過しても、その先に待っている新生活を上手く過ごせるのかという心配が生じることもあり、心が休まらないまま新生活を迎える方がいます。
仕事では責任を避けることが難しく、さらに結果が評価に反映されます。失敗を恐れる気持ちが機会を奪い、昇進はおろか仕事の達成感や充実感を感じることができず、人生のチャンスをや彩りを失うことになる可能性は否定できません。
人間関係
常に余裕がなく不安や恐怖で一杯という様子は人間関係に大きく影響します。気心の知れた相手を得る機会は減り、批判や叱責の対象にもなりやすいでしょう。おそらく、自分が避けた責任や決断は他の人が担っていることでしょう。意図せずとも失敗を恐れて責任を負いたくない気持ちから、誰かに負担を押し付ける行動をしていることになります。周囲からは、ずるい人とか自分勝手な人と思われることが十分に予想できます。厳しい表現になりますが、どこか依存的な人間関係を形成することによって安心を得ようとしている側面もあるのかもしれません。
心理的負担
日々、失敗を恐れる気持ちを感じているのであれば、抱える負担も相当のものでしょう。上述のように、機会を失うことは悩みから抜け出すことを難しくします。恐れて避けることが、かえって悩みを長期に渡るものにしてしまうのです。
さらに、上手く適応できていないことは自己評価を下げることになりがちです。自分の価値を信じられず、ネガティブな面ばかりに目が向いて鬱々とした気持ちになりやすいこともまたリスクと言えます(参考:自信が持てない人へのカウンセリング)
全体像として
ここまでお読み頂くと、当事者がとても窮屈でリラックス出来ない状況で過ごしており、また、出口が見えにくい悩みを抱えていることが感じられるのではないでしょうか。失敗を恐れることは社会的に孤立するリスクを含んでいることも強調しておきたい点です。そして、失敗を恐れて前に進めなくなることで、長きに渡る負の循環に囚われるリスクもあるのです。
悩みの背景要因
同じ場面でも悩みを抱える方とそうでない方の間で、受け止め方が異なるのは何故でしょうか。背景要因を2つほど考えてみました。
見積もりの過誤
何かを行う時に失敗する可能性を過剰に捉えている可能性はないでしょうか。例えば、車の事故は日々ニュースになっていますが、これだけ多く車が走っている中では、事故の確率はとても低いと言えます。
また、この決断が取り返しのつかないことなのだろうかと考えることも必要でしょう。後に修正することができる可能性があるのか、失敗が致命的なものとなるのか。このことを考えて、自分の失敗への恐れが妥当かどうかを振り返っても良いのかもしれません。
完全成功への期待
何かを行う時に私たちは結果を期待しています。仕事をこなして認められることや会社の利益に貢献すること。相手の望むことを提供して喜んでもらうことなどが結果です。しかし、100%思い描いた未来になるとは限りません。最初の期待が確定された未来のように捉えてしまうと、失敗を恐れる気持ちも強くなるのではないでしょうか。
自己効力感について
自分がある行動を行うことで、目的を達成できると考える程度のことを、自己効力感と言います。失敗を恐れる方はこの見通しが悲観的であることが考えられます。自分が行動を起こしても何等かの影響を及ぼすことができない(低水準の効力期待)、あるいは自分だけ大きなミスを引き起こしてしまう(見積もりの過誤)などの影響力についての誤信が生じていることがあります。
また、影響を及ぼせても目的は達成できない(低水準の結果期待)、自分の望むものには到底届かない(完全成功への期待)と捉えてしまいやすいことも挙げられそうです。
悩みが大きい時に考えられる疾患
全般性不安障害との関連
何をするにも不安を感じるということであれば、失敗をするかもしれないという悩みもまた強くなるでしょう。不安は対象がなく、恐怖は対象があるなどと言いますが、よく分からないけど失敗するかもしれないという感覚は、物事に向かっていく上で自分が何に恐れを感じているのかが特定できない状態とも言えるのかもしれません。
自閉症スペクトラム障害(ASD)との関連
自閉症の傾向を持つ方は先の見通しが持ちにくいと言われています。このような背景をお持ちの方も、失敗に対しての恐れは人並み以上になるかもしれません。ただし、自閉症スペクトラム障害の場合は、先の見通しを持てると安心して取り組みやすくなります。自分が見通しを持つことで、どの程度安心できるかを振り返ってみると、自己理解につなげやすいかもしれません。
回避性パーソナリティ障害
負荷が掛かる時に、過度にその場面を避けようとする傾向は回避性パーソナリティ障害との関連を考えないわけにはいきません。ですが、回避性パーソナリティは他の症状とセットになっていることも多いです。背景要因が何かはより精査をしていくことが必要になります。
トラウマ体験やPTSDによるもの
過去に大きなミスや失敗をしてしまった体験があると、同様のミスをしないかどうかを過度に気にするようになるのは当然でしょう。失敗の体験に周囲からの叱責や大きな喪失などが伴うと、同様の場面でフラッシュバックが生じる可能性も考えられます。意識的に体験を思い出すだけでなく、身体が動かないなどの運動機能の抑制などが生じることもあります。(参考:トラウマへのカウンセリング)
カウンセリングでは
ここまで概観してきたお話を振り返ると、「失敗を恐れる悩み」の背景には様々な要因が隠れていることが分かります。この悩みを持つ人は慎重な人とか内気な人などと表現されることが多いですが、必ずしも性格に起因するわけではないことも添えておきます。
この悩みをカウンセリングで扱うとしたら、まずはしっかりとしたアセスメント期間を設けることが必要になります。そうして、背景をカウンセラーと共有しておくことが大切でしょう。単に勇気を出して頑張ろうでは済まない事情が隠れていることがあるためです。
悩みを持つ方へ
おそらく、この悩みが自然に良くなるためには多大な時間が掛かると思います。おおらかな気持ちを持つとか、失敗しても気にならなくなるといった心境の変化は、大きなきっかけがないと起こりにくいからです。特に生活に変化が少ない方ほど、悩みの悪循環から抜け出せなくなるリスクが高いため早めに取り扱うことが必要です。ご家族や友人などでも良いので、まずは誰かに心の内を打ち明けてみることをお勧めします。