はじめに

 インターネットの普及もあってか、パーソナリティ障害という言葉をご存知の方も増えてきているようです。初回来所時から自身のことを「○○パーソナリティ障害」と伝えてくる方も珍しくありませんし、相談を進めていく中で自分が該当するのではと考え始める方もいらっしゃいます。

 ただ、パーソナリティというのは非常に曖昧で捉えにくいものですから、安易な自己診断をしないように、正確な知識を手に入れた上で考えることが大切なポイントになります。

本コラムでは

 本コラムでは、パーソナリティ障害がどのような方を指すのか、そしてその方達の悩みや苦痛は何かをまとめています。また、最新のDSM-Ⅴでは診断の方法にこれまでとは異なる視点が採用されたので、この点にも触れています。最後にこれからカウンセリングの利用を考えている方にイメージを持ってもらえるよう、カウンセリング場面での視点をご紹介いたします。

パーソナリティ障害とは

 パーソナリティ障害とは、その方が所属する文化の中で一般的に当然とされる考え方や行動様式を持つことが難しく、そのことでご本人が苦痛を感じていたり日常生活に支障が出ている際に付けられる医学的診断です。DSMを参照すると、

  1. 物事や出来事の捉え方である「認知」
  2. 「感情」の強さや安定性
  3. 人との繋がりなどを作ることや維持する「対人関係機能」
  4. 想いが高ぶった時の「衝動の制御」

の4つの領域のうち2つで著しい偏りがある時に診断されるとあります。また、一過性のものではなく、長期にわたって辛い気持ちや上手くいかない状態が続いていることが必要です。つまり、単に変わった人であるとか、一時的に感情が不安定になったり被害的になるだけでは該当しません。上記のうちの二つの項目を恒常的に満たすことが必要になるのです。

 なお、パーソナリティ障害という日本語名称はDSM-Ⅳ-TRからとなりました。以前は人格障害と表記されていましたが、この表現ですと人格否定の意味を含んでいるように受け取られがちであっため名称変更がされたようです。

診断的基準

 パーソナリティ障害を理解する上でDSMの分類は欠かせません。最新のDSM-Ⅴでは以下のように分類がされています。

  • C群パーソナリティ障害 (回避性、依存性、強迫性)
  • B群パーソナリティ障害   (反社会性、境界性、演技性、自己愛性)
  • A群パーソナリティ障害 (妄想性、スキゾイド、統合失調型)

 実際には同じ方が複数の診断名にまたがることや、特定ができないことも少なくはありません。診断名にとらわれるよりも、類型の中で自分がどの傾向が強いか、どの傾向は該当しないかなどの視点で考えた方が良いでしょう。また、自分で「○○パーソナリティ障害かも」と思っても医師の判断は異なることがありますから、どうしても確定をしたいと思われるようであれば、心療内科で診察を受けることが必須となります。

パーソナリティ障害の方が抱える悩みについて

 パーソナリティ障害にも様々なタイプがありますが、代表的なものは「境界性パーソナリティ障害(以下、BPD)」です。パーソナリティ障害と言われると、まずイメージされるのはBPDであることが多いでしょう。ここでも主にBPDの方に焦点を当てて、彼らが抱えている悩みを知って頂きたいと思います。

対人場面・人間関係

 もっとも特徴的な悩みは対人場面で生じることが多いでしょう。パーソナリティ障害の方は安定した関係を結ぶことが著しく困難であることが少なくありません。BPDでは相手への期待と攻撃の間を行き来することになりますが、そこには、分かって欲しいとか、同じ気持ちでいて欲しい、助けて欲しいなどの切実な想いがあります。しかし、行動や感情が激しいために相手に意図が伝わらないことや、相手が負担に感じてしまうということが起こりやすく、結果、二人が気持ちを通わすことを難しくしてしまいます。

社会場面での息苦しさ

 対人関係の項目とも関連することですが、社会生活を送る上で、彼らは独特の考え方や行動によって苦労を強いられることが少なくありません。過度に攻撃的になってしまい集団の平穏を乱してしまうことや、自分の主張を前面に出してしまうことで非難を受けることなどは稀ではないようです。背景には彼ら自身の個対個の関係に意識を向けすぎてしまうという特性があります。社会場面というのは常にheやsheが存在する三者関係の世界です。集団全体の関係を見渡すことが上手に出来ないことによる息苦しさと言っても良いかもしれません。

安定感の欠如によって生じる失望

 多くの場合、パーソナリティ障害をお持ちの方の歩んできた人生は過酷で激動です。突然これまで過ごしてきた世界や人間関係が一転する体験をすることもあるでしょう。変化を繰り返し体験することによって、穏やかな時間が継続することが信じられない、幸せな時間を感じると幕が下りることも考えてしまうなどの思考を持つようになり、平穏への期待が出来なくなります。このことは先に何が起きるかの不安や恐怖を伴うことになりますし、自分の未来への失望へとつながることにもなるのです。

その他のパーソナリティ障害

 BPD以外の方も多くの場合、上記に紹介した悩みを同じように抱えていらっしゃいます。ただ、その表現の仕方や処世術がBPDの方とは異なります。具体的なイメージを持って頂きたいので、少しだけですがご紹介を致します。

強迫性パーソナリティ障害

 強迫と記載のあるように確認作業や細かい点に目が向きやすく、同じ行動を他者にも要求してしまいます。その背景には状況や場を支配しようとする気持ちがあり、時に攻撃的な人と思われることがあります。(参考:強迫性について)

自己愛性パーソナリティ障害

 自分のことを中心に据えて物事を考えてしまい相手を思いやれない、ということが大きな特徴です。共感を示さない姿勢が時にトラブルに繋がることもあるでしょう。また、自己愛というと尊大で勝手な人をイメージすることが多いかもしれませんが、反対に大人しく自己主張しない方のなかにも自己愛性パーソナリティ障害に該当する方がいらっしゃいます。(参考:ナルシスト性格の特徴

回避性パーソナリティ障害

 社会通年上、避けることができない場面であっても、これを回避してしまう行動が特徴です。例えば重要な試験や仕事あるいは大切な約束などが該当します。回避行動によって信頼をなくして対人関係が希薄になることや、人生のチャンスを掴む機会を失うなどの不利益を生じやすくなるのです。自分が他者からどう見られているのかという評価懸念が背景にあります。一説には日本人はこの傾向を持っている人が多いとも言われています。

日々を過ごすための努力

 パーソナリティ障害の方に共通する傾向には、自分の気持ちを正確に掴むことが苦手であるとか、衝動的になって行動に転じやすいなどが挙げられます。彼らも成長とともに自覚的になり、これらの傾向をなんとかコントロールして社会適応をしようと努力をします。ただし、その適応の仕方に無理があることも少なくありません。例えば、過度に従順になる、支配的・攻撃的に振る舞う、近づかない、などです。これらの方法だと、確かに現実的な問題はうまく対処を出来るのかもしれませんが、どこかやり切れない感覚を持つことが容易に想像できます。それでも、これらの選択が彼らの努力であることを我々は知っておくことは必要でしょう。

カウンセリングで扱われるもの

 「認知」「感情」「対人関係」「衝動性」の4項目についての偏りを上述しましたが、用いられる心理療法によって、どの部分に優先的にアプローチするかが異なるように思うことがあります。ですが、現在行われている多くのカウンセリングの現場で、まずはカウンセラーとの「対人関係」を作った上で、いずれかの点に焦点を当てるということが共通しているようです。

 つまり、最初のステップとなるのはカウンセラーとの信頼、「対人関係」に属する項目です。パーソナリティ障害の方がカウンセリングを受けるにあたって一番大切なことは、継続してカウンセリングに来ることです。当たり前のようでいてこれが一番難しいことです。時間の経過とともにカウンセラーに対しての良い感情と悪い感情の間を揺れる体験をすることになります。相手に悪い感情を感じると、その関係が終わるという経験に覚えがある方もいらっしゃるでしょう。この流れを繰り返さない事が最初の難関となります。この難関を無事に超えると、今までに知り得なかった人間関係を体験することになります。

 そのため、まずはカウンセラーとの間で安定した関係を築くことを目標にしましょう。その方法として、カウンセリングの中で生じる痛みを隠さずに話題にしていく事が大切です。関係形成の過程で、意識せずとも「認知」「感情」「衝動性」などの項目に関しての改善点も見えてくるはずです。

なぜ関係作りが大切なのか

 パーソナリティ障害で悩んでいる方の中には、対等な人間関係を持つことを十分に経験できなかった方が少なくありません。対等な人間関係とは上下関係によらず、時に言いづらいことでも表明することができ、二人で折り合いをつけて進んでいく生産性のある関係のことを指します。

 カウンセラーとの関係は、現実世界で対等な関係を作るための練習にもなり、あなた自身の関係を作る力を成長させる機会となり得ます。そのためにも、継続した来室を意識して話し続けることが大切ですし、時に来室すること自体が目的にすらなるのです。

落ち込んで向き合うこと

 メラニー・クラインは、心は妄想・分裂ポジションから抑うつポジションの間を行き来するとしています。「ポジション」はその都度で変化するもので、パーソナリティ障害の方の多くは、妄想・分裂ポジションに心を置いていることが多いです。この姿勢では迫害不安や見捨てられ不安が心を支配し、人間関係に影響を及ぼします。

 一方、抑うつポジションとは不安をお腹に抱えて抑うつ的になる姿勢を言います。抑うつというと心配ですが、見方を変えると自分の気持ちを鬱々としても見つめ続ける事ができる力があるということです。カウンセリングを続けると、不安や怒りだけではなく、抑うつを感じるようになるはずです。このことによりカウンセリングを受けて調子が悪くなったと思うこともありますが、そうではなくて、心が前に進むためには落ち込んで向き合うという時間がどうしても必要になるのです。

より深い理解のために

 ここからは、少しマニアックな話をします。ご興味のない方は読み飛ばして頂いても差し支えない項目です。

境界を定義する道のり

 BPDに含まれている「境界」とはなんなのでしょうか。言葉の定義を巡っては長い歴史があるのですが、この過程を知るとパーソナリティ障害が何を指しているのかが少し分かりやすくなるかもしれません。境界という言葉が生まれた経緯を眺めてみたいと思います。

フロイトの時代

 精神医学を一気に推し進めたのはフロイトです。彼の時代は患者の症状の重さによって、神経症水準と精神病水準とに分けられていました。しかし、フロイトの症例を読むと分かりますが、現代の神経症水準の分類には当てはまらない症状を持つ方が多く出てきます。有名な「狼男」の症例では、フロイトは彼を強迫神経症によるものと考えていたようですが、ここで言う強迫神経症は現代社会でイメージされるものとは随分と異なる様相を示しています。つまり、当時と現在とでは、言葉の定義が大きく異なるのです(余談ですが、このことが古典を読むことを難解にしているように思います。)。

過渡期の時代

 そして、この神経症の定義が広すぎることで患者の状態を正確に把握することが難しいという問題が生じます。そこで、神経症と精神病の間にある状態(=境界)を一つのまとまりとすることが提案されました。「治療が進むと精神病になる神経症」として1930年頃に定義がされたようです。

境界性パーソナリティ構造として独立した時代

 しかし、境界水準のまま長い期間を過ごされている方がいらっしゃることは、現代の私たちの経験則からも明らかです。換言すれば、境界は過渡期ではなく境界という水準が独立して存在することになりますが、このことが理論としてまとまるまでには随分と時間がかかったようです。おそらく、整理されたのは1960年頃のカーンバーグかと思われます。彼は、境界の特徴を整理し、「境界パーソナリティ構造」という言葉を用いて、境界独特の防衛や心的機能をまとめました。ここが、パーソナリティ障害が定義された始まりであると言えそうです。

現代の「境界」の意味

 現代のパーソナリティ障害の診断は行動や気分などの客観的に確認しやすい側面によって分類がされています。しかし、「境界」定義の変遷を眺めてみると、そもそもはパーソナリティの機能水準を表す言葉であり、特定の診断名として用いるべきなのだろうかと思わなくもありません。現代の境界性パーソナリティ障害というネーミングはやや混乱を招く言葉なので、ICDの情緒不安定性の方が理解をしやすいのではと思います。

パーソナリティ障害群の代替DSM-Ⅴモデル

 DSM-Ⅴではこれまでの診断基準(第二部に掲載)とは別に代替モデル(第三部に掲載)が掲載されています。これは、まだ精査が必要であるが今後の新たな診断基準としての運用が検討されているものです。その結果、DSM-Ⅴには二つの診断基準が用意されていることになるのですが、この代替モデルが今後の主流になる可能性もあると思いますので、ご紹介をしておこうと思います。

  代替モデルでは、診断にあたって二つの観点を持つことが必要になります。一つは「パーソナリティの機能(以下、機能)」もう一つは「パーソナリティ特性(以下、特性)」です。

パーソナリティ機能

 まずは機能からですが、ここでは「自己機能」「対人機能」の観点に基づいた四つの領域が設定されており、二つ以上に該当することが診断要件となります。以下に脳科学辞典より引用をさせて頂きます。

表1. DSM-5代替診断基準で規定されているパーソナリティ機能の4領域

 これまで病態水準と言われていた概念に近いものですが、その判断は治療者の経験に頼っている部分がありました。代替モデルでは、この水準を機能と称して「ない、あるいはほとんどない」「いくらかの機能障害」「中等度の機能障害」「重度の機能障害」「最重度の機能障害」と5つに分類しています。DSM-Ⅴには各機能の状態や特徴をまとめた分かりやすい表が掲載されていますので、ご覧いただけると良いかと思います。そして、パーソナリティ障害の診断がつくのは「中等度」以上であるという点に留意が必要です。

パーソナリティ特性

 次に特性についてです。障害を規定する特性を5つの領域に分類し、各領域ごとに「特性側面」と言われる性格や行動の特徴が説明されています。こちらも脳科学辞典様の記述を引用させて頂きます。

5種の病的パーソナリティ特性と25種の特性側面

 一つずつ網羅的に特性を確認していくことで、複数の診断に跨がることやパーソナリティ障害以外の診断(第一部掲載)との併発を説明しやすくなります。ときに、発達特性から生じるものか、性格特性から生じるものかなどの議論が巻き起こることがありますが、両面から考えることの大切さが今よりも浸透することが期待できます。

診断の分類

 分類はこれまでと異なり6つになります。すなわち、反社会性、回避性、境界性、自己愛性、統合失調型です。

 これまでの妄想性、スキゾイド、演技性、依存性については「パーソナリティ障害、特性が特定されるもの」として分類されるようになりました。しかし、スキゾイドや演技性を定義することには、長い歴史を要したわけですから、パーソナリティ障害で現れる特性の一つとして捉えるような扱いには少し抵抗を感じることは否定できません。

代替モデルの意義

 これまでのA群、B群といった分類では、C群に該当する症状はA群よりも軽いということをイメージさせるものであったように思います。しかし、今回の代替モデルでは必ずしもそうではなく、機能レベルの障害が「中程度かそれ以上」という基準が全てのパーソナリティ障害に適応されており並列的なものとなりました。分類が病理の重さではなく、特性によって規定されることで、パーソナリティをスペクトラムとして理解しやすくなったのかもしれません。

参考

  • S.Freud(著), 新宮一成(監修), (2010). フロイト全集14, 岩波書店.
  • 上島国利(編), (2013). 知っておきたい精神医学の基礎知識[第2版]: サイコロジストとメディカルスタッフのために, 誠信書房.
  • 脳科学辞典(外部リンク)

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