はじめに

 自傷行為というとどのような行動を想像しますか?リストカットや摂食障害、薬品の過剰服薬であるオーバードーズ(OD)などもこの行動に当てはまります。端から見ると「なぜそのような苦しい行動を自ら選択するのか」という疑問が当然湧いてくることでしょうし、その行動によって生じる結果に対して怒る方もいらっしゃるかと思います。

背景にある2つの気持ち

 自傷行為の中にある共通の気持ちは先のことなどは、もうどうでもいいという気持ちと、この苦しい状況から誰か助けて欲しいという気持ちかと思います。先のことをどうでもいいと思いつつも、本当にそうは思えない葛藤が辛さの根本にあります。

 自傷行為をする方に対するよくある誤解は、この「誰かに助けて欲しい」という気持ちを取り上げて「本当は死ぬ気などない」と当事者の辛さを軽く考えてしまうことです。これは当事者の葛藤的な気持ちそのものを理解しているのではなく、一面を取り上げているに過ぎません。助けてもらえない状況が続けば取り返しのつかない状況が生じることは明らかです。松本(2009)がリストカットをされている患者の10年後生存率などを調査しています。この結果を参照すると、自傷行為を行う患者の死のリスクは明らかに平均値を上回っています。

自傷行為の依存性

 自傷行為は当初は痛みや罪悪感を伴うものです。この生々しい情緒的な動きは自分が今、ここに存在しているという証拠であるし、リストカットを行う方の中には「切っている時だけ生きている気がする」と言う方もいらっしゃいます。しかし、繰り返される事で慣れが生じ、生々しい感情は徐々に実感できなくなっていきます。そうすると、当初の情緒的な心の動き(=生きている証)を求めて更に激しい行為へと進んでいくことになります。さて、ここまで来ると自傷行為の背景にあった当初の2つの思いを達成する事が目的ではなくなり、行為そのものが目的となっていきます。この段階では自傷行為は気持ちを行動化したものではなく、依存性のある嗜癖という次の段階へと進んでいることになります。

自傷行為をしないといけない理由

 さて、自傷行為の背景には上述したように自分が生きていることを感じるためという実存的な欲求を満たす意味があると述べました。逆説的に考えれば、実存的な欲求が満たされない中で過ごしてきた経緯があるということでしょう。少しこのことを考えてみたいと思います。

環境的要因

 一般的に幼い時期には養育者が子どもの気持ちを察して、それに合わせた適切な対応をしてくれます。このやりとりを通して、子どもは自分が一人でないことや世界と安全に繋がっていることを感じ、思い通りにならないことを通じて自分と他者が別物であることを知ることになります。しかし、なんらかの理由で十分にこの思いが満たされないと、子どもは自分が一人であり、世界は恐れに満ちていると感じるようになります。その結果、助けて欲しい気持ちはある、しかし、外部に求められない。でも、この苦しい自分の気持ちは排除しなければならない。そして自分で解決しようと動きます。このことが自分を傷つける、つまり辛い気持ちを攻撃するという行動につながるのでしょう。一昔前はこの事が保護者の養育の問題とされていた時期もあるようですが、決してそのようなことはなく、本人の性格や現実的な事情なども反映されています。

対人面の要因

 学生時代に友達との不仲などから自傷行為に繋がる方もいらっしゃいます。これは、どこか一人にされてしまい、そのことを認めることの辛さ、あるいはその辛さを訴えたい気持ちが背景にあるようです。程度の差はありますが、1割以上の方が自傷行為を一度は経験しているという報告もあります。もちろんこの事がその後の人生でずっと続くということは少なく、一過性のもので終わる方がほとんどでしょう。この調査結果が表していることは、我々人間は一人にされてしまうと、その辛い気持ちを外に押し出すように自分を傷つけてしまう心の動きが自然のこととして備わっているということを指しているのだと思います。特に思春期は対人関係で大きく揺れ動く時期であるため、この年代で自傷行為の頻度が高いことは当然のことなのかもしれません。現に先の生涯自傷経験率と女子高生の自傷経験率はそこまで大きな数値上の差はないようです。

現実面への影響

 自傷行為があまりに重篤なものであれば、対人面や職業上の不適応という形で問題が生じてくることは当然考えられます。激しい自傷を行うと当初は家族や友人から心配をされますが、時間の経過と共に怒りをぶつけられるようになります。このことがきっかけで上手くいかなくなる関係性があることは容易に想像できます。また、仕事の上でもストレスに直面した時に自傷行為によって解消する事が習慣となっていれば、どこかで無理が来てしまうことも明らかでしょう。また、自傷行為がエスカレートし薬物に手を染める方もいます。この影響については説明は不要でしょう。

カウンセリングでは

 カウンセリングで自傷行為を話題にするのであれば、自傷行為に至った経過をきっかけから事後の気持ちまで詳細に思い出して言葉にするように試みるのが良いかと思います。おそらくある部分まで話が進むと上手く言葉にできないことに気がつくでしょう。それは、あなたを守る心の働きから生じていることなので、急いで明確にする必要はありません。カウンセラーであれば、その事に気付いてあなたに無理のないペースで心を探れるように支えてくれるはずです。

おわりに

 自傷行為には自分が生きていることを生々しく鮮明に感じたい気持ちと、不快な感情を感じないようにする気持ちの両方が含まれています。このどちらの気持ちも人間にとっては大切な気持ちです。しかし、その間でバランスをとることは難しいことでもあります。「なぜ、感じたいのか」「なぜ、感じたくないのか」という問いに対して自分の気持ちを探していくことが大切なように思います。

参考

・松本俊彦(2009), 自傷行為の理解と援助, 日本評論社.
・B.W.ウォルシュ(著), 松木邦裕(訳)(2007). 自傷行為治療ガイド. 金剛出版.