はじめに

 2013年に子どもの貧困16.3%という数字が大々的に報道され、貧困とは無縁の社会にいると感じていた我々日本人に大きな衝撃を与えました。日本で指摘されている貧困は、衣食住が慢性的に満たされていないという絶対的貧困ではなく、社会の平均的な所得と比べて算出される相対的貧困です。そして、相対的貧困には絶対的貧困とは異なる心理的影響が現れることが予想されます。

貧困による心身への影響

子どもの成長への影響

 まずは、貧困が及ぼす影響について眺めてみようと思います。子ども時代に食べ物にも困るような貧困状態を経験すると心身の正常な発達が阻害されます。通常の身体機能を破壊することは勿論ですが、脳に不可逆的な発育不全を引き起こし知的能力の低下を招くこともあります。さらに、貧困状態にある家庭では保護者が多忙で子どもが構ってもらえないことや、養育が放棄されていることもありますので、子どもの愛着形成に大きな影響を与えることになり、付随する課題が生じることが懸念されます(参考:愛着障害の背景と影響について)

成人の心身への影響

 成人の貧困も子どもと同じように身体機能への影響が当然生じますが、子どもと異なりすでに成熟していますので、成長不全や知的能力への影響はそう大きくはありません。しかし、必要な栄養が取れないことに伴う疲労や身体疾患などの症状は懸念されます。特に、成長した社会ではお金がないことは高カロリーのファストフードなどの食事を摂取する機会が増えるため、肥満や肝機能障害などの成人病の発現に注意を払う必要があるでしょう。気持ちの面では無気力、怒り、抑うつなどの感情に支配されるリスクが高くなります。その結果、様々な精神疾患を呈したり、アルコールなどの嗜癖の問題が生じて生活が破綻していくこともあります。

貧困の循環

 日本はいまだに学歴がその後の所得水準に影響を与えています(参考:労働政策研究・研修機構「ユースフル労働統計2019-労働統計加工指標集-」)。例外はあるにせよ、やはり、最終学歴によって将来の所得が左右されてしまう事実があることは否めません。このことが、一度貧困状態になると抜け出すことが難しくなる貧困の循環を作り出すことにもなります。

 子ども時代からずっと貧困状態ということは、周囲が得られている物を自分は持てないということであり、ここに生じる気持ちは怒り、悔しさ、劣等感、諦めなどの気持ちでしょう。よく、自分の力で状況を切り開くという方の言葉を聞くことがありますが、そのような機会に恵まれずに、上述のような重い気持ちを抱えながら生きている人がいることに、我々は注意を払うべきでしょう。

人間関係形成への影響

 貧困状態でも充実した人間関係の中で過ごしている方は珍しくありません。その一方で、貧困状態になり孤立した生活を過ごしている方がいることもまた事実です。貧困が就業の難しさによるものであれば、当然そこに職場の人間関係ができることはありません。また、余計な出費を控えるような生活をしていれば、余暇を楽しく過ごす余裕がなくなりますので、他社との交流の機会が乏しくなります。

相対的貧困に伴う傷つき

 さて、ここで冒頭のテーマに戻りたいと思います。絶対的貧困に比べて相対的貧困により顕著に現れるであろう、心の反応についてです。相対的貧困は絶対的貧困に比べて自分が貧困状態にいることを自覚しやすいことが挙げられます。周りは持っているのに自分は持っていないという客観的事実と常に向かい合いながら過ごすことは非常に苦しいものです。ことによれば、絶対的貧困よりも強い傷つきを感じるのではないでしょうか。

 そして、その気持ちは対人場面への影響に顕著に現れます。自分が理不尽な場に置かれていることは社会への怒りであり、それは他者への怒りとして発現されやすくなります。愚痴や不満を会話のテーマとして取り上げやすくなることで楽しい関係を作りにくくなりますし、ときに社会への怒りが相手に投影されて、対立的な関係を作ってしまうこともあるでしょう。

羨望による妨害

 相対的貧困の状況で強く生じる気持ちは羨望です。自分の中の不満や怒り、劣等感などの気持ちが邪魔をして他者の好意を受け入れることを難しくします。同じ境遇にいない相手が自分のことを理解できるはずがないという気持ちや、自分に向けられる好意的な気持ちによって自分の苦境がより鮮明に映し出されてしまう恐怖などが働くのでしょう。

 この働きは相手との満足した関係を作ることを難しくします。関係を満たされたものと感じることや相手の想いを受け取ることは、一方で自身の置かれた不遇な状況を認めることになるため、自分の持つ怒りや悔しさの気持ちを保てなくなる危機が生じるからです。そのため、知らず知らずのうちに関係破壊的な方向へと行動してしまうことになるのです。

 貧困を固定化する要因の一つに貧困の循環が挙げられますが、相対的貧困社会では、更に羨望の働きによる関係破壊の作用にも留意しておくことが大切だと思います。

相対的貧困から抜け出すためには

 これは、なかなかに難しい問題でしょう。答えが出ていれば既に各国が取り組んでいるでしょうから。私見ですが、教育を充実することは必須だと思います。状況を変えるためには考える視点を身に付ける必要があるためです。そして、他者との関係形成を躊躇わないお節介な社会にしていくことでしょうか。先程のとおり貧困の背景に羨望の働きがあるとすれば、それは人間関係の構築を困難にしますので、そこに社会の変化は生まれません。相対的貧困社会を改善するためには貧困状態にある人と非貧困状態にある人の交流を絶やしてはいけないと思うのです。

参考

  • 内閣府「子どもの貧困に関する指標の推移」(https://www8.cao.go.jp/kodomonohinkon/yuushikisya/k_8/pdf/ref1.pdf )
  • 労働政策研究・研修機構「ユースフル労働統計2019-労働統計加工指標集-」(https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/kako/2019/index.html )
  • M.クライン(著)小此木啓吾, 岩崎徹也(訳)(1996). 羨望と感謝(メラニークライン著作集5), 誠心書房.
おすすめの記事