はじめに

 高度経済成長期に学歴社会が形成された我が国では、今でも学歴が人生に与える影響は無視できるものではありません。それは、生涯賃金や資産形成に大きな影響を及ぼします(参考:厚生労働省/令和2年賃金構造基本統計調査(外部リンクへ))。学歴が全てを決定するわけではありませんが、保護者の考え方や子育ての方針が将来を決定する一要因となっていることは事実でしょう。なかには子どものためとは考えにくい教育方針となっている状況を耳にすることもあります。

教育虐待とは何か

 どんなことでも極端になると何らかの弊害が生じるものです。我が子に教育を強要しすぎることも、子どもの自由に任せすぎることもまた不利益が大きくなります。この場合の不利益は社会生活上の適応です。結果的に良い大学に入っても心が不安定であったり、元気であっても一般常識に乏しく生活に困難が生じていれば、これは教育方針が極端であったと言わざるを得ません。

 前者が一般的に教育虐待と言われるもので、後者はネグレクトに分類されることが多いものです。しかし、今回は両方をまとめて教育虐待としてご紹介しようと思います。

参考:児童虐待を取り巻く状況

過度な学習を強いる

 まずは過度な学習を強いることの影響から考えていきたいと思います。以前は教育ママという言葉がありましたが、実際には教育パパも少なくないように思います。

日々の生活の様子

 お子さんの普段の生活を尋ねると小学校時点すでに毎日のように習い事に通っている多忙な子も少なくありません。誤解のないように記載しておくと、最近では小学校高学年ともなれば週の半分は習い事をしていることは決して珍しくありません。多くの場合は学習塾の利用に伴って習い事の日数が増えます。しかし、子どもたちも楽しそうに通っていたりもしますので、忙しいことそのものは決して問題があるわけではないのです。

 心配なのはこの習い事が本人にとって負担が強くなりすぎている場合です。習い事の負担を訴える子の中には学習量の多さに疲弊している子どもや、学習レベルに合っていない学習内容に取り組むように言われている子どもがいます。確かに学習へと背中を押すことは必要ですが、子どもの能力以上の学習によって、随分と余裕のない日々を過ごしている親子に出会うこともあります。

子どもへの影響

 学習の時間が深夜にまで及べば、睡眠時間への影響が出てきますので寝不足に伴う疲労感や思考力・集中力の低下などが見られることがあります(参考:睡眠の問題との付き合い方)。また、隙間なく学習を詰め込むことで、友人と遊ぶ時間が制限されて社会性の成長が損なわれることが懸念されます。このようなことが起これば人間関係への影響が生じることは想像に難しくありません。

 小学生頃ですと、子どもは学習塾でもしっかりと友人を作っています。大人が気にしなければいけないことは、友人を想う時間も確保できるようにすることでしょうか。この時期の子どもは大人に従順な面がありますので、学習をしなければいけないという大人の強い思いは強迫的な思考を形成しやすくなりますので、ガス抜きの機会は大切です。

 中学生頃になってくると過度な学習の影響はより深刻なものになります。受験という現実的な壁があることと、学習が将来につながる不安を強く感じるようになるためです。不安になれる程に成長したとも言えますが、この不安が源泉となって、内にこもって外との繋がりを断つことになる子どももいるので注意が必要です。

 大学受験を目指す高校生の中には、受験の不安が完全に切り離されてしまい、学力は十分でもテストでなぜか書けないなどの症状に悩む子に会うことがあります。本人は不安を切り離しているので気付けないようですが、酷く狭い視野の中で自分の負担に気づかずに日々学習を続けている子どもに会うと、とても窮屈な気持ちを感じます。 

親の想いとは

 子どもに学習をして欲しいという親の気持ちは当然のものです。何ら責められるものではありません。しかし、子どもの負担に気付ける余裕は持つ必要はあるでしょう。気付けないあるいは見ないということであれば、そこには保護者自身の課題があると言わざるを得ません。

 例えば、自分が学歴で苦労したからとか自分が親から学習するように強く言われて育ったので、同じようにしているという方がいらっしゃいます。ここには自身の想いを我が子に移しているという側面があるでしょう。または先行きが不透明な現代社会だから、しっかりと勉強させておかないとという想いもあります。当然の判断ですし大人の目で見た社会を子どもに伝えておくことは成長のために欠かせないものでしょう。しかし、ここには親自身の未来への予期不安や学習によって解消できるはずという万能感が作用している事に留意しておく必要があります。

学習を本人に任せること

 保護者が学習に意見を挟まず、子どもに任せているご家庭に出会うこともあります。子どもは伸び伸びと主体的に学びを積み重ねていく一方で、学習に偏りが生じてしまったり、全くの無学習になってしまうことも起こり得ます。

日々の生活の様子

 学習のことについての指摘はしなくても、衣食住の面で保護者が関わりを持っていれば、子どもは伸び伸びと過ごすことができるでしょう。友人と連れ立って遊びに行く子もいれば、家で趣味の世界に没頭する子もいるはずです。学校に行っていれば最低限の学習時間は確保されますので、全く学びの機会がないということは考えにくいですが、子どもの判断に任せると、どうしても学習時間は短くなりますので、中には学習への苦手意識が強くなって授業中に苦痛を感じたり、不登校になってしまうお子さんもいらっしゃるように思います。

子どもへの影響

 楽しいことに囲まれて日々を送っていますので、ストレスの源泉となるものが随分と減少した心持ちで過ごしているはずです。心配なことは同年代との差が開いていくことです。学習が全てでなくとも、子ども達の過ごす環境は誰が勉強をできて誰ができないかが可視化されています。そのような中で出来ないと常に見られ続けることは、自尊感情を育む上での障害となる可能性は否定できません。

 多くの場合、子どもは可能であれば勉強ができるようになりたいと思っています。そして、周囲の大人にその想いを伝えているはずです。この訴えに大人が答えないと、自分の学びたい気持ちとの整合を取るために、学習をする行為を過度に価値下げします。また、学習不足は課題解決能力を身に付きにくくしますので、自分が何をしても物事を解決できない、無力であるという自己効力感の低下を招くことになりかねません。

 中学、高校と進学するにつれて、子どもに一任する方法のリスクは上がります。先程の自尊感情の低下から生じる心身の反応はもちろん(参考:自分に自信が持てない人へのカウンセリング)、最低限の知識や社会常識を身につけていないことで選択肢は少なくなり、自分で主体的に人生を選ぶことが難しい状況へと向かうことになるでしょう。最悪の場合は悪意のある搾取の被害に出会うことも生じ得ます。

親の想いとは

 子どもを伸び伸びと育てたい。勉強が全てでないという教育方針は決して非難されるべきものではありません。しかし、我が子の学習を本人任せにした場合には、自分で必要なものを吸収できるかどうかをよく考えておく必要あります。先程のように学齢期に勉強をしないことで落ちこぼれてしまうと、自信の低下や人間関係への影響が生じる可能性はゼロではないからです。

 保護者は本人に任せようという気持ちがどこから来ているのかを考えておく必要があります。自分が学習をすることによる恩恵を感じられなかったなどの保護者自身の経験を過度に我が子に重ねていることも散見されます。

 家業を営んでおり将来の道がある程度決まっているので学習が必要ないなどのご意見もあるかもしれません。そういう事情もあるでしょうが、気を付けなければいけないことは親自身が子どもに強く言えないために自由を尊重するという耳障りの良い言葉を使ってしまっている場合です。自分が悪者になりたくないという気持ちが動いていますので、これは子どもに向き合えないというテーマを抱えている親側の課題であると言えます。

子どもの主体性をどこまで尊重するか

 教育とは「人格の完成」を目的としています。つまり、個として尊重されて生涯にわたって自分の意思に基づき生きられることが理想とされているのです。この信条に反する教育方針を立ててしまうと、子どもの個性を必要以上に脅かしてしまうことになりますので、子どもの意見を聞きつつ保護者の意見も伝えて、親子で擦り合わせを行うことが大切な姿勢となります。ときに子どもの意見を押し留めて従わせることも必要ですが、そのことが子どもの過度な疲労感や無力感、人間関係形成の抑制を招くものであれば、その子育ては危険を伴うものということになるでしょう。

不登校やいじめなどにより学校教育を受けることが難しい場合

 日本では学習の場は学校教育を中心としています。そのため、何らかの事情で登校ができないと学びの場を確保することが難しくなることは否定できません。フリースクールなどを利用することや、対人場面での緊張が大きくなければ学習塾などの学びの場を探せると良いでしょう。スクールカウンセラーや教育相談室の相談員などに声の掛け方とタイミングを相談できると良いと思います。

参考:カウンセラーと話すには②・教育領域

未来につながる教育とするためには

 虐待とは今現在だけの問題でなく将来にも多大な影響を及ぼすものです。教育虐待は将来無視のできない影響を及ぼす教育方針の行使と考えることができるでしょう。子育て中は大人も感情が動くので、ついつい自分自身の考え方や心模様を投げ込んでしまうことがあります。それは仕方ないことではありますが、その働きかけがどこから来たものかを自覚しておくことが教育虐待を防ぐ一歩になるはずです。

参考

厚生労働省/令和2年賃金構造基本統計調査(外部リンク)