はじめに

 正規、非正規という雇用の区分は我が国では馴染みのものとなりました。そして、この区分に伴って格差や低所得の問題もまた身近な話題となったのではないでしょうか。

 本コラムでは非正規雇用に伴う問題点を概観し、正規雇用に比べて生じやすくなる心の健康リスクについて考察しようと考えています。

非正規雇用とは

 非正規雇用とは有期契約や短時間契約、間接雇用によって働く労働者を指します。パートやアルバイト、契約社員、派遣社員などが該当します。行政機関では会計年度任用職員という言葉が出来ましたが、こちらも非正規雇用です。

 正規雇用の場合、雇用主には従業員を雇用保険や社会保障への加入させることが義務付けられています。フルタイム・無期雇用が原則で、万が一、解雇される時には法律によって手厚く保護されます。この違いが非正規雇用が正規雇用に比べて不安定な就労となる要因でしょう。

就労に伴うリスク

 非正規労働者数は2010年以降増加をし、ここ数年はやや減少してはいますが、ほぼ横ばいと言えます。2021年の労働人口の統計を確認すると、36.7%にあたる2,075万人が非正規労働者となるようです(厚生労働省より)。一部の方の雇用の問題とするにはあまりにも多い人数のように思います。非正規雇用である場合、以下のような就労上の不利益を生じます。

雇い止め

 有期雇用であれば、定めらた期間を超えると雇用の保証がないということです。単年度であれば翌年に自分がその場所で働いているかが分かりませんし、3年、5年契約でも近い未来に不安を持つことは同じです。加えておきますと、雇い止めは解雇ではなく契約の解除ですから雇用主は保障の義務を負いません。

 また、有期雇用であっても5年を超えると無期雇用にすることが出来るという「無期転換ルール」が定めれてから、さらに雇い止めが有無を言わさないものになったと感じています。

キャリアの貧困

 非正規雇用ですと、一般的には単純作業などに従事することが多く、長年勤められたとしても、仕事に必要なスキルが身につきません。そもそも、組織の核となる業務や意思決定に参加をさせてもらえないので、経験を積む機会が失われてしまうのです。

 同一労働同一賃金の号令によって、正規職員と同様の業務を行っている非正規職員がいることが指摘されている昨今ですが、今は同じ業務であっても10年後、20年後にはやはり割り振られる業務は異なるはずです。機会の損失は職業人としての成長を奪うものであり、再就職先などを探すときに大きく響きます。

低所得

 非正規雇用で働く場合は、一般的に正規雇用よりも収入が低くなります。高校生のアルバイトと大差のない時給で働いている方も珍しくはないでしょう。特に働き盛りである30代、40代、50代と年齢が上がるに連れて待遇の差は顕著になります。雇い止めやキャリアの貧困の問題が重なることで、低所得の生活から抜け出せなくなります。一番恐ろしいことは、この事実に気付いた時には既に挽回が難しい状況に立たされていることが少なくないことかもしれません。

社会保障の欠如

 正規雇用であれば、健康保険、厚生年金など、生きていくために必要な社会制度に強制加入させられます。一方、非正規雇用ではこれらの加入が認められていないことが少なくありません。自身で国民健康保険、国民年金を支払うわけですが、そもそも低調な所得の中で自主的に支払いを行うことの負担は少なくないはずです。中には未払いが続き、将来の死活問題となる方もいらっしゃるようです。

居場所のなさ

 職場の同僚というのは毎日顔を合わせるメンバーです。負担になることもありますが、関係を作って受け入れられることで、組織を自分の居場所と感じるようになります。しかし、不安定な雇用では人間関係を持ち、受け入れられる機会を得ることは難しくなります。職場は単にお金を頂くだけの場ではないのです(参考:職場が持つ居場所としての役割)。

私生活への影響

 以上のような不利な条件が揃えば、生活が苦しくなることは想像に難しくありません。収入が少ないことで生じる問題として、必要なものを十分に変えない貧困や、日々仕事に追われて人生の彩りを失ってしまうことなどが懸念されます(参考:貧困による心理的影響について)。

 また、お子さんがいるご家庭では保護者が仕事に忙しくなってしまい、十分なスキンシップを取れない可能性が増えますし、時にはお子さんが年齢以上の分量の家事を担わないといけないことも生じています(参考:ヤングケアラーをめぐる課題)。

 さらに、突然の雇い止めによって生活水準が急降下するリスクを常に感じることにもなるため、将来のライフプランを考えることが難しくなります。

心の健康への影響

 メンタルヘルス上の問題として懸念されることは、抑うつ気分や不安感などが慢性的なものとなることでしょう。重篤になればうつ病や適応障害、不安障害、パニック障害などの診断を受けることになります。辛い状態でも頑張って働かれている方はいらっしゃいますが、正規雇用であれば休職などの療養期間を権利として求めることが出来るかもしれないのです。休むべき時に休めないことで症状が快方に向かわないことも懸念されます。

孤独感を感じやすくなる

 また、不運にも周囲に心の内を話せる方がおらず、孤独感に耐え続けている方も非正規雇用の方には少なくないように感じます。これは、先程のご紹介したように職場から居場所としての機能を得られないことと、低収入が影響して家族との時間を持てない、作れないという状況に立たされやすくなるからです。慢性的な孤独感は心の健康も大きく損ないます(参考:孤独の苦しみへのカウンセリング)。

意識しておきたいこと

 仕事が全てでないというご意見も頂きそうですが、多くの人々が働いて生きているわけですから、仕事との付き合い方は無視できるものではありません。非正規雇用として働くのならば、孤立してしまうことを避けることが最も意識すべきことではないかと思います。

 もし心の不調を感じる場合は早めに心療内科などを受診することをお勧めします。休職などの制度が十分に整っていない非正規雇用では、働けなくなってしまうことによって生活の術が途端に失われてしまうからです。

おわりに

 そして、不本意に非正規雇用として従事している場合に、現状を変えようとして焦りすぎないことも申し添えておきたいと思います。現在の社会構造は不本意な非正規雇用の原因が全て本人にあるということではないと思います。それは、抜け出すことも本人の努力だけでは叶わないことを意味しています。心身の健康を保ち、長距離マラソンを覚悟してチャンスを窺う気持ちを持つことが大切ではないでしょうか。

付録/社会の動き

 以下では、近年、非正規雇用に関連して話題となっている法改正や社会意識について触れておこうと思います。

同一労働同一賃金

 正規労働者と非正規労働者の間の待遇差をなくすために、同じ仕事に支払われる報酬は同じにすべきという意識の下で法改正が行われ、2021年4月より開始されました。しかし、何をもって同一労働とするのかが難しいことと、場合によっては非正規労働者に単純労働を集中させる動きを加速させて、キャリアの貧困を加速させる恐れを感じるものでもあります。

終身雇用の崩壊

 こちらは社会意識ですが、大手企業の早期退職者募集が相次ぎ、日本社会伝統の新卒から定年までの雇用文化に疑問が投げかけられました。近年のCOVID-19による企業の業績悪化も、この意識を促進させる一因となったはずです。しかし、終身雇用制度が崩壊する前に非正規労働者から雇用の調整を行う事実を知っておく必要があります。

ジョブ型雇用

 ジョブ型雇用とは、仕事内容をより明確に定めて、その職務の専門家として手腕を発揮できる人材をピンポイントで雇うという考え方です。転職の促進や特別な技能を持つが組織になじみにくい方の活躍を促すものとなるでしょう。しかし、この考え方は実力主義を前面に押し出したものでもあります。能力のある方には歓迎すべき制度かもしれませんが、多くの普通の日本人にとっては競争社会に放り出される側面も否めません。

個人事業主と気になる法改正

 昨今では、某デリバリー業者の業態や企業の副業解禁の動きなど、個人事業主として働くことが美化されすぎているように感じます。近年の不安定な情勢の中で自分で稼げる働き方を選べるようにするという考え方は正しいのかもしれませんが、自己責任の下で事業を行うデメリットがあまり伝えられていないと思うのです。

 そして、個人事業主が増える未来を見越してかは分かりませんが、一層の税負担を課す法律も作られ始めました。その一つがインボイス制度です。多様な働き方を選べることは良いのですが、組織の後ろ盾がない中で様々な負担に一人で対応するリスクはよくよく考えることが大切でしょう。

参考

厚生労働省HP(外部リンク)

心理職の方へ

 心理職の場合は非正規雇用で働かれている方が少なくありません。若手の方で心理職のキャリアについて迷われていたり、将来の働き方について同業者の意見を聞きたいというご要望があれば、個別で相談に応じます(無料)。

 お仕事の紹介は出来ませんし、あくまでもアドバイス程度のものですが、迷われているようであれば、お気軽にご連絡ください。お問い合わせフォームか、専門職支援のページよりご連絡ください。

おすすめの記事