はじめに

 認知が歪んでいるとか、考え方に癖があると仰って来室される方がいます。ときには主治医から「認知の歪みがあるから…」と言われてカウンセリングを勧められる方もいらっしゃいます。しかし、認知の歪みとは何なのでしょうか。

 この記事では認知の歪みの説明をさせて頂き、歪みをどのように扱うことが良いのかを考えていきます。

認知の歪みってなに?

 まず、一般的な定義をお示しするために、大野裕先生(2010)が著書で認知の歪みを説明している一節を紹介します。

 認知行動療法で有名なアーロン・T・ベックはうつ病性障害の患者が自分、周囲、将来に対する否定的な考えに支配されていると指摘しました。その際に、このような考え方が事実かどうかは問題ではなく、…略…患者固有の現実が重要であり、それによって患者の情緒状態が左右されるのである。

とのことです。つまり、現実に起こっているかどうか、考え方に妥当性があるかどうかではなく、自身の中で展開している主観的事実によって、情緒的な揺れが生じていることがポイントになるということです。さらに引用すると、

 こうした否定的認知の影響を受けると、行動にも変化が生じる。それは、①活動量が減少して引きこもるようになり、喜びや達成感を体験することが少なくなる、②しなくてはならないことを先延ばしするようになる(ぐるぐる主義)、③問題から回避するようになり、飲酒やネットサーフィンなど他の事柄に熱中するようになる、④適切なコミュニケーション手段がとれなくなり、援助希求をしなくなったり、うまく人と交流できなくなったりする、などである。

 以上を鑑みると、考え方や物事の独特な捉え方によって、社会参加や精神衛生上の不利益を受けている際に指摘されるものが認知の歪みであるということになります。何らかの不適応が生じている時に考慮するものが認知の歪みと言われるべきであり、個性や独創性とは区別して考えた方がよさそうです。

認知の歪みの例

 以下に認知の歪みと言われる代表的なものを紹介していきます(大野, 2010)。

恣意的推論(arbitrary inference)

 憶測を強く思い込み事実として行動することを指します。「あの人は私のことを嫌っているに違いないから、私も距離を取ろう」などが挙げられます。

白黒思考(dichotomous thinking)

 何事も白か黒かのどちらかに結論づけてしまうことを指します。曖昧なままにしておけないため、固く窮屈な姿勢になりがちです。

選択的抽出(selective abstraction)

 自分が注目していることだけに目が向いてしまい、その他のことに関心を向けることができなくなることです。巨視的に物事を見ることを難しくします。

過度の一般化(overgeneralization)

 たまたま生じた事柄を常に起きることとして捉えてしまう傾向です。これは割と多くの方に生じやすいもので、不安症や慢性的な自尊感情の低下などの背景となっていることも少なくないようです。

自己関連付け(personalization)

 上手くいかなかったことや、予期が出来ない失敗を自分のせいだと考えてしまうことを指します。物事に慎重になったり、対人関係で積極的になれないなどの傾向を引き起こしやすくするものと言えそうです。

感情的理由づけ(emotional reasoning)

 自分の感情を手掛かりに出来事を理解する傾向を指します。泣いているから悲しいのだろうなどの理解の仕方がこれにあたります。出来事と感情の因果関係が逆転していると言えそうです。時に事実とは異なる理解の仕方をしてしいます。

自己成就的予言(Self-fulfilling prophecy)

 自身の思い込みによって行動方針が決定されて、結果として思い込みが現実になってしまうことを指します。赤面恐怖や視線恐怖などの症状は、この傾向が働いていることもあるでしょう。他者に自分がどう映っているかを気にして委縮することで、実際に赤面したり視線を集めてしまうことが起こりやすくなります。

まずは知ることが大切

 ご紹介した認知の歪みは意識的に生じるものではなく、出来事が生じたときに反射的に起動するものです。自ら気付くことが難しいことですし、長年に渡って付き合ってきた傾向であれば尚更です。

 まずは、生じやすいパターンを発見することが大切です。ただ、このことが一番難しいことかもしれません。自分が当然としてきたものに疑問を持つためには何らかのきっかけが必要となるためです。

 ですが、多くの方は自分の思考や物事への対処の仕方のパターンを他者から指摘をされたことがあるのではないでしょうか。自分が他者にどのように言われたかを振り返ってみることが知ることに繋がる第一歩になることもあります。

認知の歪みとの付き合い方

 まず、大前提として歪みを治さなければいけないということはないはずです。歪みは必要だから生じたはずであり、自分の心を守るための役割を担っている側面があります。歪みを取り除くためには心を守る必要がなくなったか、別の方法を見出したという条件を必要とします。まずは歪みとどのように折り合いを付けていくかという視点に立つほうが現実的ではないでしょうか。

 ただし、歪み矯正を行うための強い働きかけが必要となる場合もあります。それは大きな不利益が生じている時と、自分が大切にしたい相手を苦しくさせている時です。先ほどのベックが指摘しているように情緒的な揺れを伴うことが必要です。歪み矯正を理想的な自分を目指すなどの自己成長の手段と同一視することは避けた方が良いでしょう。

歪みの矯正をどのように行うか

 どうしても歪み矯正が必要であれば、その方法を考えないといけません。そのための方法の一つとして詳細に思い出す方法が挙げられます。出来事の始まりから終わりまでを振り返り、自分がなぜそう考えたのかを時系列として描写できるようにすることです。これを繰り返すとあるパターンが見えてきて、矯正する対象が明らかになります。注意点としては自身で振り返れる範囲の外に原因があることも少なくないことです。先の例ですと、始まる前に何かがあったのかもしれません。自分一人で気付くことは困難であるため、他者からの指摘が必要になります。

 もう一つは「別の考え方があるか」という問いを自らに投げかけることです。同じ思考の中でグルグルとさまよってしまい抜け出せないときは、「Aさんだったらどう考えるだろう?」とか「このことをあまり気にしない人はどんな風に考えるのだろう」という言葉を自分に投げかけてみると良いかもしれません。

 それと、繰り返しになりますが、認知の歪みと言うべきものが活発になっているときは、何らかの苦痛に直面していることが少なくありません。うつ病を患っている時であれば、極端な思考に向かいやすくなります。歪み矯正の前によく休むことを優先したほうが良いだろうとは思われます。

認知の歪みをカウンセリングでどう扱うか

 最後になりますが、認知の歪みと言われると直さないといけないもののように感じてしまいます。そして、認知の歪みと言われてセットで紹介される方法は認知行動療法でしょう。ここでご紹介した方法も認知行動療法のアプローチを参考にしています。ですが、認知の歪みに自覚的になり対処方法も色々と試したが、日々の負担が軽減されないと訴える方にお会いすることがあります。これは認知の歪みを形成するに至った出来事やこれまでの背景に目を向けないといけないことを意味しています。トラウマティックな体験に基づくものであることも少なくなく、その場合は歪みは当然の反応として捉える必要があり、強引に矯正することでの効果は薄いのです。歪みへの直接的な働きかけが奏功しない場合には、より心の深い部分に向かうカウンセリングのアプローチが必要となります。歪み矯正だけでは効果を感じられないときには、担当カウンセラーと相談して、別の方法を試してみることをお勧めします。

おわりに

 認知の歪みという言葉は、画一的な在り方を求められる現代社会の要請を多分に反映している印象を受けてしまいます。認知の歪みは反応であって自分を卑下すべきものではないということを添えておきたいと思います。

参考

  • 大野 裕(2010). 認知療法・認知行動療法 治療者用マニュアルガイド, 星和書店.
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