はじめに

 我が子への虐待による痛ましい結果が報道されることは決して珍しいことではなくなってきました。2018年には千葉県で生じた女児虐待死の報道がなされ、社会に大きな衝撃を与えたことは記憶に新しいのではないでしょうか。この事件では保護者への批判に加えて児童相談所(児相)の対応に多くの批判が集まり、児童相談所の体制改善や機能強化の動きが全国的に広がっています。今回は児童虐待の実態と支援を行う関係機関の動きについて考えていきたいと思っています。

虐待の統計

 まず、はじめに統計を眺めてみたいと思います。厚生労働省の発表では令和2年度の全国の児相の虐待対応件数は205,029件です。平成20年度では42,664件となっており、この12年で大きく増加していることが分かります。しかし、この数値は社会に虐待が蔓延しはじめたということではなく、虐待が疑われたら通告をするという意識が浸透した結果だと思います。

虐待の分類

 虐待は大きく4つに分類されています。

  1. 身体的虐待
  2. 心理的虐待
  3. ネグレクト
  4. 性的虐待です。

 この中で一番多いのが心理的虐待であり、同じく厚労省発表の統計を確認すると、全受理数の59%程を占めています。次に多いのが身体的虐待で24%です。平成20年度は心理的虐待は全虐待件数のうちの21%程で、身体的虐待は38%でした。件数としてみるとこの間に心理的虐待が10万件以上増えていることになります。この件数はおそらく社会が虐待に目を光らせるようになり、以前は気付くことができなかった子どもの数を示しているのでしょう。

 子ども達へ早期に手が届くようになったことは本当に良かったのですが、一方、この急激な増加が児相の慢性的な人手不足を招き、より丁寧な関わりが必要な子どもに十分な支援を行う時間が確保できなくなっている側面も否定できません。

背景要因として

 虐待の世代間伝達という言葉はよく指摘されますが、実はこの割合はそれ程高くないようです。すぐにデータをお出しできないのですが、25%程という研究結果を以前見たことがあります(このことについては研究の方法によって変動するものと思われます)。

 虐待へ至る要因は、保護者が子どもを愛していないというような分かりやすい構図だけでは決してありません。厚生労働省は虐待のリスク要因について、

  1. 保護者側の要因(保護者の精神疾患、望まぬ妊娠 など)
  2. 子ども側の要因(障害などにより何らかの育てにくさを持っている など)
  3. 養育環境の要因(経済的貧困や社会的な孤立 など)

の3つに分類しています。子どもを愛していても環境によっては悲しい結果につながる危険があること、社会的支援や福祉の助力によって、そのリスクを下げることができることが読み取れます。

 子育て相談の中では我が子への虐待について指摘をせざるを得ないことがあり、児相が家庭に介入する必要性を相談者に伝えることがあります。意外とこの申し出を受け入れてくれる保護者は少なくありません。当事者も自分達では止められない状況に危機感を持っていることは珍しいことではなく、多くの方が我が子との悲痛な関係を終わりにするきっかけを探しているように感じています。

 報道の度に虐待を行う親はひどい親だという論調がありますが、望んで虐待を行う親などおらず、それぞれの方が持つ事情は考慮する必要があるのではないでしょうか。

児童虐待が持つ特徴とは

 児童虐待が子どもに与える影響は甚大です。結果の大きさは他の加害行為にはない児童虐待ならではの傾向を理解しておく必要があるでしょう。

密室性

 虐待の加害者になる人物の多くは家族です。そして、家族の秘密は外部の人間には気付きにくく発覚が遅くなる傾向があります。また、虐待の加害者は秘密を外に伝えることで家族がバラバラになるとか、家族が傷付くという表現を使って子どもを口止めしようとします。家族を守るために子どもは外部に助けを求めることをやめて我慢することを強いられるのです。

継続性

 虐待が家族や近しい人によって行われることが多いことから、子どもは生活圏内に加害者が常にいる状況に置かれます。この事情が繰り返し被害体験を重ねる大きな要因でもあります。

 当然のことながら被害が繰り返されればそれだけ心の傷は増します。将来的に複雑性PTSDなどを発症する可能性も十分に考えられます。しかし、そのような心の不調すらも先程の密室性の事情にから外部に表明することが出来ない状況に置かれることになるのです。

子どもの心に与える影響

 虐待被害を受けている間は気持ちの落ち込みや心身の不調などが頻繁に生じるようになります。特に指摘されるのが解離症状でしょう。被害を受けている自分を遠くから眺めているとか、記憶がない時間があるなどの症状に代表されます。これは、凄惨な体験を自分の心から切り離すことで心が壊れないようにするための処世術です。

参考:解離の悩みとカウンセリングの目標

 また、人間関係への影響は生涯に渡って大きなものとなります。それは人への不信感であったり、関係が深まることに恐怖を感じることであったり、他者に自分の心を開けないなどの悩みとなります。信頼できる人間と安定した関係を結ぶ時期にその経験を剥奪されたことの影響であることは言うまでもなく、児童虐待によって生じる人間関係の負担は愛着障害との関連で話題に上がることが少なくありません。

参考:愛着障害の背景と影響について

 被害体験は自尊心を破壊して自分が価値のない人間であるという感覚や、汚く人から愛を注がれない存在であるという感覚を作り出します。このように考えることで怒りや絶望の気持ちを否認して持ち堪えられるようにしているのかもしれません。

日常生活の様子

 日本では通学をさせることが保護者の義務となっていますので、虐待を受けている子どもも登校をしていることがほとんどです。学校内では学業成績の不振や居眠り、落ち着きのなさなどの気になる行動を示していることがあります。また、他児や他生徒への加害などの形で鬱積したイライラを誰かに向けていることもあれば、人間関係をほぼ作らずに自分の内面に籠って静かに目立たずに過ごしている子もいます。後者のお子さんのほうが周りの大人が気付くことが難しいかもしれません。

 なかには不登校になっているお子さんもいらっしゃいます。虐待を受ける可能性がある家庭で過ごすことのほうが恐いようにも思うのですが、もはや抗うことすら出来なくなっているのかもしれません。あるいは、他の子ども達が自分とは異なる世界にいるように見えてしまって、学校という輪の中に入ることの居心地の悪さを感じる子どももいるでしょう。

 日中に家の中で静かに過ごしている子だけでなく、多くの家事を担わされている子もいます。最近話題に上がるようになったヤングケアラーもその実態によっては児童虐待と呼んで差し支えはないはずです。

子どもの被害を発見するために

 ある程度の年齢になった子どもからは、言葉でのSOSが出されることがあります。それは「お父さんに叩かれている」というストレートな表現であることも、最近眠れないとか集中できないという間接的なSOSかもしれません。言葉での表現がまだ十分でない年齢のお子さんは行動面が大きな指標になります。急に落ち着きがなくなった、集中できない、大声で怒鳴り手が付けられないなどの行動がサインとなります。

 最近の教育現場では「心のアンケート」などというタイトルで児童生徒に定期的にアンケートを行なっています。中にはSOSを書いてくれる子どももいますので、アンケート実施はとても有用であると思います。大切なことは大人が子どものメッセージを軽く扱って受け流さないこと、話を聞く時間を十分に作ることでしょうか。子どもの話から逃げないようにすると言っても良いのかもしれません。子どもの表現は分かりづらく周りくどいこともありますが、多くの場合は真実を語ってくれています。

 また、身体的虐待については、身体の傷に注目することに加えて、どこに怪我があるかに注意してみてください。偶発的についた傷かどうかは怪我の位置で推測することが出来ることもあります。脇腹や太腿などは通常怪我をしにくい場所です。

社会の対応の方向は

 今、児相の増設や人員増加が急速に進んでいます。心理職について言えば、以前は正規職員として自治体心理職に就職することは非常に難関でしたが、ここ数年大きく倍率を下げています。これは各自治体が採用数を増やしたことが主な理由で、児相勤務ということを明言して採用をする自治体も増えてきました。おそらく児童福祉司などの福祉職採用でも同じことが起こっているのではないでしょうか。

 「人員を増やしてどうにかなるのか?」という意見もあるようですが、大前提はやはり人手の確保だと思います。職員一人当たりの担当件数を減らして、じっくりと関われる時間を増やしていくことが一番の予防策でしょう。

 加えて、保護者側への支援も大きな課題となります。つまり就業できる社会を作ること、必要に応じて適切な福祉サービスを受けることができる世の中を作ることです。これは児相だけで出来る話ではありません。虐待をした保護者を罰するだけではなく、困っている保護者に声をかけることを社会全体に啓蒙していく必要はあるのかもしれません。

 最後になりますが、救急車に119番の短縮ダイヤルがあるように、児童相談所への通告にも短縮ダイヤルが用意されています。「189(いちはやく)」です。近隣で気になることがありましたら、どうかダイヤルして頂きたいです。

参考

  • 厚生労働省HP「児童虐待の現状」(外部リンク)
  • 厚生労働省HP「令和2年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数(速報値)」(外部リンク)